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2006年6月15日 (木)

言葉ってコワイ

言葉ってコワイと思う。結論から言うと、言葉は一部だ、って思うことが必要だと思う。

人間ってリアルな存在だと思う。身体ありき、というか。動物の一種です、と。

大学のとき、パソコン買ったのは、ブラインドタッチがしたかったから。ひとりで口述筆記がしたかった。思ってることがリアルタイムで外に出てきて、それが記録になったとき、俺の考えってもんがわかるんじゃないか、と思ったのだ。で、最近、ようやく最近だけど、それは、違う、と。言葉というのは別のジャンルで、俺から出たもんだとしても、それは完全にイコール俺、になるもんじゃない、と。

言葉というのは、基本的に一本道で、前後の関係というのがはっきりしてしまう。で、それって、いわゆる理屈、ってやつだと思うけど、そうじゃないんだ、と。理屈って常に後からついてくるもんだと思う、極端な話。まずは、直感ありきだと思う。ほんとに極端にいうと。いや、そうは言っても、断片を丁寧に出していけば、ある程度、までは、わかるかもしれないけど、それは、やっぱりある程度、に過ぎず、リアルな存在の俺の考えとして、決してそれはイコールにならない。加えて、それって実は文章、というものにはならない。前後の脈絡がなかったり、それぞれで、矛盾したり、とかって起きてしまうから。その文章になってない、ってこと事態がそもそも、人間が言葉で表せるものじゃない、ってことを証明していると思うんだよね。だから、実は、言葉、文章、というのはその人の考えをイコールで表すものにはならない。あくまで条件付きで、そういう部分もあるね、ってもんだと思うんだね。

飛躍するかもしれないけど、メール仕事がダメ、実際会わないとダメ、っていうのはそういうことだと思う。言葉にならない部分もコミュニケーションしないと相手のことはわかんねえよ、ということだと思う。

いや、何かって、今後ここで色々書いて、怒りを買っちゃう時があるかもしれなけど、それが俺の100%じゃないから、まあまあ、怒んないでね、ということ。逆の立場になったとき、それは、俺だって、おいそれと受け入れるわけにはいかない時はあるけどね。

詭弁かなあ。身体を通して経験した、ということじゃないことを全部と思うとミスコミュニケーションになっちゃうことが多いんじゃないか、ってことなんだけど。会って、表情、気持ちを見ながら話をしよう、と。だって、例えば、芸能人見た、って言ったときさあ、実際に、目で見た、っていうことだよね。テレビで見ても、見た、とか言わないよね。でも、巨人戦見た、とかは言うなあ、テレビでも。それは、テレビの画面を見てたんでしょ、とか突っ込まないよね。うーん、もう、どうでもイイや。

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