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2006年7月16日 (日)

まだ見ぬ誰かに話かける

とにかく、ここ最近、フラフラしてる。頭がフラフラしてる、というか、腰が落ち着いていない、というか。

ほんとに夢を見てるよう。

ぼけっとなにか考えてる。
内容もない。だけど、ほの暗い感じ。
被害妄想な感じもある。だから、自分の問題だ、って意識はあるつもりだ。だけど、どうしてそうなってるのかわからない。
こんなに、今のオレは、ダメ、なのに、猛烈な不安があるわけでもない。
こんなに時間を、単に、通過させてるだけなのに。

言葉にできない。

何かに夢中になれない。

わからん。結論が見えない。そのまま書いていこう。

何かに夢中になれないこと、ってことがそもそもなかったのでは。

話は飛ぶけど、帰るところが、今は、ない、というのがあるかもしれない。

結果が、こうなっている、と。あの時、いっしょの時間をすごした、人々が家庭を持ったりしているなかで、オレは変わってない。

オレは、そういう過ぎ去っていった人たちに無言でダメ出しをされ、無言でプレッシャーをかけられてる、て、だから、自分のなかに、何かがある。

ここでしてる話って何が基準だろう。

とにかく、ここだけでも、逆説的だけど、どうにも落ち着かない感じがあると思う。

単純なものに、寄りかかるものが欲しいのかもしれない。安易な切り口だけど、帰依するものが欲しい、とかって、理屈はこういうことかもしれない。

さっき見てた夢で、子供のころやったお手玉とか、そういうのがすごく、心地よいものだったような気がしていた。ふれあい。

って、先々週くらい、誰かがやってたな、飲み屋で。

養老さんの話で、養老さんはいいオトナになっても挨拶がきちんとできなかった、と。その理由として、それは、死に別れた、自分の父親に別れの挨拶ができないままに死なれたからだ、と。心のどこかで、父親の死を認めたくないので、挨拶をはっきりしてしまうと、父親とはっきり別れる、ってことを意味するから言えなかったんではないか、と。

言いたいのは、物語が必要なのではないか、と。理屈、というか。ここでいう理屈は、よりかかるもの、だ。ない、と。ダラダラしてるだけ。

悩みがないことが悩み、とか、って、悩みにすらなってない。

まだ見ぬ誰かに話かける、ってほんとに久しぶりに良い考えかもしれない。ちょっとこっぱずかしい感じだけどね。

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