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2006年8月

2006年8月31日 (木)

めちゃくちゃしてる

揚州商人にて、26時すぎになって、ようやく本日初めてのまともなメシ。最近相当めちゃくちゃなことしてる、ほんとに好き勝手してる、相手にされてないことをいいことに。ご本社さまだったらありえないやり方の数々。まあ、でも、正直ちょっと楽しい。逆にこれが楽しくなってきてる、というこの感覚で本社に戻れるのか心配だ。本社では間違いなくこういうやりかたは許されないからなあ。

ということでひとことメモ。

明日は、「大人のためのちょっとエッチな話」(仮題)を掲載予定。乞御期待。

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2006年8月29日 (火)

ちゅかれた

ずっと、今日1日、これって敗戦処理なんだなァ、と思いながら現場でバタバタやっていた。

さすがに1日現場にいて、ところ構わず客からアオりの電話がかかってくると萎えるね。自分でも、ハタから見たら相当不機嫌そうに見えるだろうな、と思った。一瞬、だから、おめーが客だぞ、っていきり立ったって、ねーもんはねーんだよ、っていわゆる逆ギレしそうになったもの。

あと、なんだろう、今日は人を使う立場だったんだよね。そしたら悪いけど、働かねえなあ、こいつら、って思っちゃったね。あとさあ、おお、そういう小細工してくるかあ、とか思ってね、勝手に手抜きするとこ決めんなよ、って。

ちょっと殺伐としてたね。でも、ちょっとそれすらも一歩ひいて見ることができてたような気もする。

やっぱり、人のせいにしない、って大事なルールだ、と思いながら、それは全く同時に、自分のせいにもしない、ってことだ、ってことに思い至ってから、相当さっぱりしてる。至って冷静だね。仕事上のことなんて、失敗したって、たいてい死にはしないし、最終的には辞めてもイイ、って思ってね。だからって手を抜く、ってわけでなく。決して投げやりなわけでなく。だって、目の前のことを全力でやるしかないんだもん。

そして願わくば、それが、面白い、って思えることでありたい、くらいなもんでね。ということでまちゃみんいい感じだよ。

あー、でも、この土日改めて思ったのは、ますます性欲がなくて、おおヤバイ、って感じでね。人間だか、人間じゃないものから生殖で延々と続いてきた連鎖を俺が止めちゃうかもしれないね。だって身体がナオンに引かれてないもん。次に女の人を好きになることがあったら、ああ、これはなんかそういう状態なんだな、って思うと思うよね。脳でなんか、そういう多幸感を感じさせる物質を分泌してるんだなあ、ってなもんでね。あー、そう、ってなもんでね。

今日1日現場にたってただけで、足の裏が痛くなったり、なんか生き物として古くなってる感じするもん、自分で。

明日またつらいなあ。

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2006年8月28日 (月)

ジャズべー買っちゃった

Img_3775ここ1カ月、フェンダーのジャズべーが買いたい熱が高まってた。リッケンはやっぱりムズカしい、と思い始めたのだ、ここに来て。あと、どうしても、前にここで書いたとおり、買った時の一件も気になってる。1弦がどうしても、出てない感じがする。実際的な話として、マディーでのライブでどうしても、思った音が出せない、とかもある。ベースのテクニックそのものももちろんあるけど、どうしても、アンプを選ぶ、と思ってたのだ。輪郭がはっきりした音が出るアンプじゃないと、なんか、リッケンらしさが出ない気がしてる。あと、なんだろう、ある程度、ラフに使えるベースが欲しい、と思ってた、気持ち的に。もう、ほんとに一切キズとかも付けたくないもの、リッケンベースには、そういう入り方なんだよね、まちゃみんにとって。そして、や っぱり、ど真ん中、ってもんを経験しておく必要があるだろう、と。

まちゃみんにとって、ベースのど真ん中と言ったら、フェンダーのジャズべース。リッケンの神経質なところからおおらかに使いたい、ってのもあったので、フェンダーブランドだったら1番安いのでもイイ、と思ってた。4万円前後。あと、ビジュアル。まちゃみんの勝手な思い入れで、フェンダーの一番イイ色、っちゅうのは、茶色のサンバーストで、白いピックガードだと思ってる。で、シックなバインディングが入ってたらなお良し、でね。何年か前に、桑田が、ビールか何かのCMで、海辺で、茶色のサンバーストで、白のピックガードのテレキャスをひいててさ、それが、青空の太陽のもと、妙に映えてて、もう、それが、まちゃみんに、刷り込まれてて。なんだろ、シックなラテン、っていうの。ベースでもそのコンビネーションでいきたいわけよ。で、新宿に出たんだけど、あんまりイイのがなかった。とか言いながら、ちょっと7万円のメイプルのやつに、ちょっとひかれてたんだけど。でも、茶色のサンバーストで、白いピックガードってないし、それ以外も、思ったほど、どの店もベースって在庫を置いてなくて、選ぶ、って感じがしなかった。

それで、だるかったけど、お茶の水まで行った。そしたら、結構、色々あったね。茶色のサンバーストで、白のピックガード。で、あった途端に、でも、フェンダーのジャズべーって、4万円前後と、7万円前後って、どう違うんだろう、って思っちゃったんだよね。で、楽器屋のお兄ちゃんに聞いたら、おおざっぱに言って、まず、木が違う、と。4万円前後と、7万円前後では。それでわかれてると、で、それぞれの価格帯で、若干の幅があるのは、それぞれ、使われてるパーツが若干違っているからだ、と。非常に納得したね。そんで、そのお兄ちゃんのひとことで殺されちゃったのが、7万円前後の価格帯でも、プロも使ってますよ、と。

当初のコンセプトとして、乱暴に扱いたい、みたいなとこもあったんで、それ くらいの価格だと若干大事にしたくなってきちゃって、メンドくさいだろうなあ、ということで、若干逡巡はしたんだよね。でも、あとで、4万の音は、安い、とか気になってどうしようもなくなったらどうしよう、っていうのもあって。まちゃみんもやっぱり、結構、高い楽器は、高い楽器の音が出る、って知ってるつもりだから。4万にあと、3万出したら、ほんとにど真ん中を買えるなあ、と思ってね。だって、プロでも、使ってる、っていうんだもん。ベースはそんなもんか、と思って。いや、試し弾きを両方で、させてもらったんだけど、正直言って、全くわからなかったんだけどね。

でも、6万5000円の方は、やっぱり、なんだろう、すごく、弾きやすい、というか、握りやすいというか、すんなり入ってくる感じだった。初めてギブソンのアコギを持ったとき、なんとも、握り心地が良くて、すごく手になじんだ気がした、って感覚に似てた。なにより、すごく音が素直な感じがしてね。で、買っちゃったよ。でも、茶色のサンバーストなんだけど、白のピックガードじゃなくてね、そんで、3000円出して、白のピックガードを買って、取り代えてもらうことで、色問題も解決することにした。Img_3790

やっぱり、素直な音、これが、決め手になっちゃったよ。すごく素直な音。

さっき、家で弾いてたんだけど、リッケンの1弦が出ない、ってそれほどでもないような気がしてきた。というのは、やっぱり、フェンダーの方も1弦は、出ない気がした。まちゃみんのインチキバイオリンベースが1弦が出過ぎだったのかも。でも、フェンダーの方は、すごく、弦ごとの個性、というか、コンセプトがはっきりしてる気がする。だから、なんだろう、1弦が出ない、とか、詰まってる、って感じがしない。1弦は1弦の使い方がある、という感じにさせてくれる。なんだろう、ベースって、1弦は、1弦だ、と思って弾かないといけないのかもしれない。

っちゅうことで、なんか、こういうちょっと衝動買いに近い感じで、買い物しちゃって、若干の後ろめたさがあるけど、イイんじゃい。わしゃあ、ひとりもんなんだから、これ位してもイイの。家庭があったら、家庭を、もし持つようなことがあったら、わしゃあ、変わるんじゃい。それまでは、色んな悪いことをしてやる。

ということで。ヤヴァイ、それにしても、どんどん楽器が増えていく。

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2006年8月27日 (日)

いろんなものがとれた

やっぱり、非常に殺伐とした対応が続いているわけだよ。
さっきのメールなんて、完全に馬鹿にしてるよね。はっきりと対比が出たわけじゃんか。同じメールに対する返信の仕方でね。

といことでこれはわざとやってる、ってことだよね。もう、明らかにこれはメッセージでね。これ、ほんとに逆に俺に相手してほしくて、要するに気をひこうとしてやってるんじゃないか、と思うほどだよ。こういうことされたらさあ、やっぱり、心乱れてもしょうがなかったんじゃないか、こっちに来た当初は。右も左もわからなかったんだからさ。

でも、今さら怒りもわかない。別にいいよ、わしゃあ、お前らのこと相手にしてないのよ、お前らがそうしてる以上に。

ちょっと引いてみた時に、そういうことって、よくわかる。

昨日気づいたことって、それ自体が解決を生むわけではないけど、すっきりしたかもね。落ち着いた、というか。今、言ったとおり、引いてみることができるようになった、ってだけでも良いことなんじゃないだろうか。

そして、ここでは、そういうものも含めて勉強した、っていうことにしておこう、と思う。こういうところであっても、こういう悪い条件のところであっても、だと思うんだけど、初めての場所での入り方、というかね。

そういえば、あの先輩の、違う部署に来たときの入り方はこうだった、とか、思い出すよね。

ここは、相当特殊、という結論でいいじゃないか。

ということで、これ書いたときは金曜だったと思うけど、まあまあ、金曜も土曜も、結局袋の詰め替えを延々やってね、相当イライラしてたけど、ヒトヤマ越えたかな、と。もうね、今の気持ちとしては生まれてきただけでラッキーっちゅう感じだね。ここでのバカバカしいできごとの数々もほんとに良い経験だった、と心から思うよ。

今日になって、ここ1週間、なんで痛かったかわからないノドの痛みが消え、夏休みの前に左目のなかへ消えたコンタクトが急にで6てきたり。そしてここでのバカバカしいできごとの数々への恨み節。いろんなものがとれた。

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2006年8月25日 (金)

蓋し名言 「弱ってるときにトドメさしちゃれば良かった」(BE-BOP-HIGHSCHOOLより

ここに、ネガティブなことは書かねえ、と。もう、何回も言ってることでアレなんだけど。ネガティブなことを外に出したら、逆にそこに行くように自分でし向けてしまう、と。もちろん、逆もありで、ポジティブなことを出せば、ポジティブなことを実現するっていう方向に無意識で向かっていく、と。だから、嘘でも、ポジティブなことを言っとけ、と。そんなことはわかってる。

なんだけど、正直弱ってる。自分以外の誰もが輝いているように見える。いくらネガティブなこと書かない、っつったって、状況分析位は、冷静に必要だろう、と、まあ、正直に言う。

なんだろう、誰かに寄りかかりたい気分よね。人恋しくて。だけど近寄ってもいけない。そんで、なんか、もっともっと、だからだめだ、とか言って、もっと弱気になっていく。典型的に弱ってるときの感じだ。

今が最悪の時だ、としたら、それより、悪くならねえ、と。だから、苦しいときこそが、飛躍へのチャンスの時だ、と。もし、まだまだもっと、最悪があるんだったら、そのときはまだ最悪ではない、ってことだ。だとしたら、そんな最悪、ではない状態で、グダグダ甘ったれんな、と。

不安になるよね、この、今の自分の状況は、どうしてなんだ、と。

なんだけど、もっとてきとーでイイよ、と、そんなに自分を悪者にしなくていいじゃないか、と。人のせいにしない、ってまちゃみんのモットーだけど、結局、自分を責めてるんだとしたら、実は、責める、っていう行為自体は、何も変わってないんだ。他人のせいじゃなく、自分のせいにしてる。自分という、人のせいにしてるのだ。実はその辺に自分のイヤなとこが出てるんだ。調子が悪いとき、必要以上に、自分のことを責めるのはやめようじゃないか。

そういうことだったのかもしれない。これは、久しぶりに新しい考えかもしれない。他人の悪口を言わない、人のせいにしない、って、その対象が自分に向けられてただけかもしれない。

何か新しいものが出てきたわけじゃないけど、ひとつ、今後、冷静になるためにきっかけになる考えが出てきたということで良いかもしれない。一気に変わるわけじゃないだろうけど、そこからでイイじゃん。

このタイミング、とりあえず、バタバタ前に進めばいい。ただ、黙ってぐりぐり歩いてればイイと思う。

ということで、全然タイトルとは関係ない中身のまま、おわりだけど。

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2006年8月22日 (火)

時をかける少女 って、実は(でもないんだろうけど)○○映画だったんだなあ

まちゃみん泣いちゃったのは、なんでだろう、って考えてたんだよね。決して、泣かそう、という映画という印象がなかった、と思うから。きっと、我が身に何かが重なって、スイッチが入っちゃったことは間違いないんだろうけど。

というのも、実はこのブログ始めて以来、はじめてコメントをもらって、これってだいぶ嬉しいもんですね、と。そんで、どういったことを返信しようか、って考えてたら、結構、でもないんだけど、その辺のことが出てきたんだよね。そんで、時かけ、のことをまた、書いちゃおう、と。

今回は、はっきりとネタバレです。なので、映画未見の方は読まないほうがイイです。

この映画って、決して、カタチあるものとして、例えば、恋が成就した、とか、何か具体的なものを手に入れた、とか、はないよね、と。描かれてはないけど、ただただ、ラストでは、普通の日常が戻ってきただけよね。たぶん。でも、ほかのなにものにも代えられない経験、というか、思い出は、しっかり残った、と。その辺に深みがあるのかもしれないなあ、と思ったの。

結局、この映画、って、主人公に何か、目的があるわけではねえ、と。とにかく、はじめの方は、ひたすら普通の日常が描かれてるわけよね。まあ、正直ちょっと、高校生位が恥ずかしがらず、男女3人で友達っぽい関係でいるかなあ、というのはあったけどね。まあまあ、そんで、あくまでその延長で、ちょっとづつ、非現実に入っていく、と。タイムスリップがひょんなことからできるようになって。でも、あいかわらず、主人公は、無邪気にドタバタやってるだけだ、と。タイムスリップできるようになった、ラッキーってなもんで。で、そんななかで、ちょっとづつ、因果応報もあるんじゃないの、っていう、お説教ってほどでなくて、まあ、むしろ、観客への注意喚起を狂言回しの魔女おばさんにされて、主人公がトクした代わりに、損しちゃった人も出てきた、と。この辺がうまかったよね、何か、悲劇を予感させるわけよね、何か、起こるんだろうなあ、って。この辺の呼吸って実に、うまかった、と思うね。オレ、やっぱり、冒頭のあの坂を自転車で降っていくシーン、ってはじめから怖かったもん。やっぱり、あれ、ちゃんとしたフリ、だったわけだよね。

そんで、無邪気にドタバタやって、気付いたら、大マイナスでルーレットが止まりそうになってた、と。だけど、最後の最後、なんとかなんとか、粘って、マイナから、プラマイゼロに持っていった、と、そういう映画よね、きっと。カタチある具体的なモノは、実はなにものも手に入れてない。ただ、ほかのなにものにも代えられない経験、というか、思い出は、しっかり残った、と。その辺にそこはかとない、余韻があるんじゃねえか、と。というか、千昭くんがいない日常ですけど。だから、マイナスかもしれない。

・・・って、わかったような気がしちゃった。この映画って、SF部分ってそれがメインじゃなくて、骨格は実に青春映画なんだ、と。安い表現になっちゃうけど、青春映画、の典型的なパターンなのかもしれねえ、と。物語は、だって、ただただ、ラストでは、普通の日常が戻ってきただけだ、と、主人公が、ちょっとの傷を負って、オトナになった代わりに、っていう。

すいません、まちゃみんがわかってなかっただけかもしれないけどね。まちゃみんがわけもわからず泣いちゃったのは、そういうことかもしれない。あんまりネガティブなことは言わない、書かない、って先週位に言ってたような気がするけど、やっぱり、そこは自分に嘘はつけなくて、まちゃみんもバタバタやってたけど、っていうか今でもバタバタやってるけど、今、何か、残ってるか、と。何も残ってない、と、むしろ、手に入れられそうなところから、するり、と逃げていった、と。やっぱり何もまとまってないけど、この映画が青春映画、ってわかったのが、まちゃみん的には大発見。

なんだろう、色々、何色なのか、わからない事件が起こって、それに対してバタバタして、何か、イイところに着地する可能性、イイ色に染められる、っていう可能性があった、と。それは、確実にありながら、気付いたら、大マイナスになりそうなところで、ジタバタして、で、なんとか、プラマイゼロにまでは、戻した、と。だけど、それは、実は、プラマイゼロじゃなくて、大事な具体的なものは失って、代わりに経験、というものになってた、と。それはとりもなおさずまちゃみん的には、若さ、なんだけど、そういうことなんじゃないかな。まちゃみん含めた人、人の世、って結局そういうことかもしれない。そういえばたけしのキッズリターンもそんな話だったような。もっともっとほの暗かった印象だけど。救いようがない、というか。あれは別に泣きはしなかったけど、そこはかとない良さはあったもんね。そんな感じ。

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2006年8月21日 (月)

時をかける少女観た ・・・大号泣

涙が止まらなかった。って、ほんとに泣いてたの。いや、泣かそう、という映画ではない、と思いますけど。とにかく、なんというか、スゴい。というか、スゴい、って語感がフィットしてなくて、丁寧に作ってある、っていうことかな、緻密に作ってある、ってことかな、いや、やっぱりそれもふさわしくなくて、色々な要素が入ってて、やっぱり一言じゃいえない。とにかくイイんだよね。観てもらわんと。

もう大号泣しちゃったんだけど、この映画を大号泣しちゃう、というのが正しい見方か、というのがある。まあ、偉そうに、かつ、乱暴に言っちゃえば、そういう見方でも成立させてくれちゃうスゴイ映画、ということも言えるのかなあ。なんだろうなあ。どこから話せばいいのか、という感じだ。泣いちゃった、という本筋じゃないところが強調されちゃってる、という、なんちゅうか自覚があるんだけど、そういうところも絡むと思う。

映画館出たあとも、もともと楽器見ようと思って行くつもりだったロックインまで、歩きながら泣いてたもの。わしゃあ、自分で、ただでさえブサイクな顔のつくりをしてんのに、こんな昼間の新宿で、ほんとに泣いてるとは、どこまでブサイクになってんのかな、と思ったよ。

確かに、こういうのが、やっぱりほんとは指折り数えて待って観る映画、という映画って感じがする。ゲド戦記なんかと比べてね。特にすごく因縁があるみたいだから。この時をかける少女の監督は、スタジオジブリから、三行半たたきつけられたんだか、たたきつけたんだ、とか、どっかで聞いた。ゲド戦記観てきて、ゲド戦記の感想をネットで読んでたら、結構、そういう対立軸で語ってるのがあって、で、こっちの時をかける少女の方が大絶賛だ、と。で、そんなに面白いの、と。で、両方見たアトだとそれもすごく良くわかる。時をかける少女の方が、もう、数倍上だと思う。

でもまあ指折り数えて待ってたら泣けなかったかもしれない。あ、返す返すも泣かそう、としている映画ではない、と思うけど。まちゃみんのこれは凝り固まったアレ、かもしれないけど、映画、というのは、もう、ほとんど一切、と言ってイイほど、少なくとも、ストーリーなんかは、封切り前のアオリの段階でも、あらすじとかですらできるだけ知りたくない。まあ、それすらもわからなければ、興味の持ちようもない、って話もあるけど。でも、たとえば、極端な話、タイトルと、サブタイトル位でも十分、どういったジャンルなのか、とか、意気込み、とか、って伝わるだろう、と。これは、だいぶ極端だけど。正直、この時をかける少女は、そう、まちゃみんが子供のころ、原田知代で映画化してたはず、ぐらいの記憶はあったけど、ストーリーとか一切まちゃみんわからなかった。ほんとに、こういう、タイムスリップっていうのかなあ、そういう、SF的なものがストーリーの軸だとも知らなかった。ほんとに。

でも、映画館のなかで解決して欲しいと思ってる。というか、予習必要なんて、もってのほかだよ。映画を見終わったあとに、もっとその映画を知りたい、って思えるかどうか、ってのは、観た人が決める話、というか、それが映画のできだと思う。たびたび指輪物語でスマンけど、ああいう、ある程度の予備知識を求める、もしくは、ある、ことが前提と思われる(結局、あとの2作はまじめに見てないから、なんとも断言はするべきではないと思うので)、映画、というのは、なんか、甘えてる、と思う。指輪物語は、映画、っていうか、興行、ってことだったと思う。要するに、見せ物小屋よ。アオってアオって見たいなあ、と思わせる、という、そういう技術の話で。中身はなんでも良かった、っていう話だと思う。それを詐欺だ、ふざけんな、って言ってるんじゃなくて、あの映画に関しては、そういうもんだった、という話。ふざけんな、っていうのは、当時、言ったもの。結局、たたかれたんだけど。

で、この時をかける少女だけど、良かった、と。それで号泣してしまった、と。いや、どうなんだろう、作り手に、ちょっとはそういうところ、泣かそう、というところはあるのかな。でも、あったとしても、泣く、を起こさせる作り手側が想定してたポイントとまちゃみんが泣いてしまったポイントというのは、やっぱり微妙に違うというか、全く違う、というか。

以下、ネタばれもありながらの感想です。

まちゃみんが泣いた映画、っていうのを思い出してみたんだけど、これ、あれ、って思い出してる時点でなんかツボになってるとこがだいたいわかっちゃったね。この前の甲子園の映像で泣いちゃうやつだからね、わしゃあ。カンフーハッスル観てやっぱり大号泣したとき、あんまり分析したくないなあ、とか日記に書いてたけど、なんかわかっちゃったね。ちょっと寂しいかもね。

なんだろう、汚れを知らない純粋なものとか、無邪気で純粋なものとかが、と、いつの間にか、もうそうじゃない、って状態になってることが認識された時みたいだね。なんか、正確じゃないような気がする。けど、なんとなく、そんなとき。結局、我が身に重なった時だね。この前の連休のこともあったから、相当入っちゃったみたいだね。

主人公ははじめ、無邪気に、色んなことをリセットしてたけど、最後の方で、人の気持ちをもてあそぶようなことはイカン、人の気持ちをリセットするようなことはできん、という主旨のコメントをした、と思う。その前後だよね、まちゃみん、泣き、に入っちゃったのは。やっぱり、とっても、エモーショナルなことで、理屈じゃないような気がするけど、そうじゃん、と、わしゃあ、今、取り返しのつかないことになってないか、と。たぶん、なんか、よくわからん、と思う。この辺のまちゃみんの話。まちゃみんも、とても個人的なことだけど、あのとき、うん、と言ってたらどうだったろう、とか、チャンイーモウの「生きる」、を見てた時の気持ちを思い出してたかもしれない。随分遠回りだけど、「生きる」を見たときも泣いちゃって、映画自体ももちろんすごく良かったけど、今から思えば、あの時は、とくに、それを見たのは、結局、付き合いがあったころに、見よう、って言ってたのに、結局、一人で見てた、と。どこで、間違って、こうなってるんだろう、と。

ということで、泣いちゃったのは、やっぱり、あくまで、個人的なことだった。
だけど、映画として、すごく良かった。

詮無いことだけど、良かったところを思いつくままに。ひとつ、気持ち良いおとぎ話だった、と。あ、でも、これなんか、理由になってないな。なんでイイんだ、って、イイからだ、って。でも、気持ちイイおとぎ話だと思った。あと、映画としての完結してる、と。まちゃみん、ほんとに原作もまったくどんな話か知らずに見に行ってるからね。ひとつ、話の構成として、伏線をはって、しっかり落とす、という構造がしっかりしてた、と思う。様式美、っちゅうの、心地良いんだよね、すっきりする、というか。あと、明確に各パートで、作ってる側はこれを見せよう、とか、これをインプットしたいんだろうな、ってはっきりクリアに伝わってくるところだね。安心して見てられる。生意気な言い方だけど。あと、背景がとても丁寧。そして、くすぐってくる。見たら、わかります。いかにも、学校っちゅう感じ。あー、この辺で、前半くすぐり続けられたかもね、最後の方で号泣しちゃったのは。こういうのって、今後、映画見るときのひとつの基準になってくるかもなあ。

あと、騒がしい主人公が、映画の2時間のなかで、落ち着いて深まっていく感じ、とか。もう、こういうのって王道だと思う。あと、まちゃみんは、決して、恋愛映画には見えなかったけど、恋愛ものの王道のパターンの、すれ違い、とか、もイイ感じでまぶしてあった、と思う。このタイムマシーンもの、って、話の整合性って、絶対にとれない、と思うので、いかに作り手の意図にスイングできるか、ということだと思う。この時をかける少女は、きっちり、転がしてくれた、という感じ。物語のこのタイミングでは、観客に、どこを知らせて、どこを知らせてないか、観客は、今、どう思ってるか、って緻密に計算してあると思うのよね。

いや、とにかく良かった。その日その日を悔いないように、生きるしかない。

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2006年8月16日 (水)

ゲド戦記観た

この夏の映画ってすごく小粒というのが印象。いや、ゲド戦記じゃなくて全体的に。ゲド戦記はそんななかでも、一番興味をそそられてた。まあ、消去法なんだけど。あとから知ったけど相当評判悪いみたいだ、アニメを見る目に肥えた人々の間では。見た感想として、まちゃみん的には面白くもなかったけど怒るほどのものでもない、といったところ。

指輪物語よりは100万倍マシ。そういえば、指輪物語の時は、ファンの人に相当怒られた。yahooの掲示板の、指輪物語の批判、というカテゴリーのなかで、つまんない、って言ったら。別に、面白い、って言いましょう、って掲示板じゃなくてね。まちゃみんとしては、あまりにもつまらなくて怒りがこみ上げてて、そうだよなあ、つまんないよね、って言い合いたかったの、ほんとに。でも、そんなところでまで、叩かれたのよね。まあ、ほんとに好きな人にとっては、文章にアレなこととかもまぶしちゃったのかもしれないけど、まちゃみんも、それほどまでに怒ってたんだよね、あまりのつまらなさに。けど、そのアレなことっつったって、あの弓矢打ってる動作がマヌケ、とか、常識的なことだったと思うけどね。本論から逸れてるところでも。

ほんとの要旨としては、確か、話のスジがわかんねーよ、というのと、3時間もやって突然続く、ってなんだよ、ってとこだったと思う。で、全体的に、やっぱり、つまんない、ってことで。だって、面白かったら、そういうところだって、好意的に解釈してあげると思うもの。巧妙に伏線を張ってるね、とか、突然終わるところだって、意表を突かれた、次を見る楽しみができた、とかね、そういう風に受け取れるはずだもの。わしゃあ、ほんとに面白がりたくて、もう、相当、イイ客として行ってるはずだけどね。だから、逆に裏返っちゃった、ってのもあるかもしれないけどね、落胆しちゃった、というか。

で、掲示板で叩かれてね、もう、あの映画は踏んだり蹴ったりだった。バカバカしくて全くまともにやり返したりしなかった。だって、まちゃみんの発言の本旨の部分にはほとんどからんでこないからね、揚げ足取りだけで。なんかまちゃみんがつまんなかった、っていうことに対して、怒ってるのは、わかるんだけど。だから、相手にする気もおきないの。結局、1回書いただけですごく叩かれて、もう1回、自分の体臭にうっとりしてるヤツには何を言っても無駄、という、まちゃみん的には、非常に辛辣な言葉を吐いて、一切、そこで何も言わなかった。それからというもの、もう、相当、期待する、ということを控えてるし、そういう宣伝の雰囲気も含めて、ほんとに面白いかどうかってだいぶ慎重になったよね、おかげさまで。でも、宮崎駿で言えば、ハウルは相当期待外れだった。ということで、今回のゲド戦記は、印象からいって、ある意味、期待しなくて、済んだのだ。逆説的だけど。

というのは、ゲド戦記の見る前の印象、って、ひとことで言うと拙速、っていう印象。映画自体、突然、やるの?、っていう印象。まちゃみんとしては、NHKのプロの仕事を紹介する、という番組で、ジブリのプロデューサーの人が出ていて、それは、結構、番組自体印象に残っていて、なんだろう、自分が前やってた仕事と結構似通った部分を勝手に見いだして、相当面白くみたんだよね。で、あの時、NHKの番組で素材にしてたの、って、この映画のことだったんだ、っていうことでの興味もあったのよね。そうだ、今、思い出した。あれも、この映画の宣伝だったのかしらん。

番組を面白く見たのは、決して、悪い意味で言っていないけど、だけどテレビ的には、まあまあ、そういう風に都合良く行くよね、と思ったり、このスタジオジブリのおっさんが、まあ、テレビ的には、良く映えるなあ、と思ったけど、ひとことで言うと、目立ちたがり屋なんだな、とか、あと、若手にコピーを書かせる、とかあって、結局、自分の好きなように直してたりね、もう、自分の前の職場と相当重ねて見てね、そういう意味で非常に面白かったの。まあ、そういうテレビ的な部分をきちんと引き算して見れば、結構、面白い番組だった。

で、ゲド戦記なんだけど、まず、良かったところ。田中裕子。ほんとに良かったよ。なんだろう、ほんとに良かった。って、まちゃみんはじめ、黒木瞳だと思って見てたんだけどね、てへ。ますますイイなあ、黒木瞳、けだるい有閑マダムみたいな感じで、とか言って。で、最後の声優のスタッフロールで、全然違うじゃん、と。でも、イイんだよ、と(by志村けん)、ということで。ほんとにイイ。どういう録り方してるのかわからないけど、すごく、押さえ目の声なんだけど、はっきり聞こえるだよね。おっそろしいなあ、まちゃみん、そんな間違いをしてるのに、イイ、イイ、って、言い切っちゃって。

良かったところは、田中裕子なんだけど、全体の感想としては、細かなところが凝ってないから、パワーがないのかな、と。養老孟司先生かウチダ先生か、どっちかが言ってたと思うんだけど、宮崎アニメは細部がすごい、と。背景とかで、何気なく、描かれてる、花瓶とか、器とかが、実は、すんげえ細かく設定してあって、だから、そういうとこから、説得力が出てくる、と。見えないようで、実は見えてる、と。黒澤明もそうだった、とか言ってて、まちゃみんも、千と千尋とか、理屈で考えたらわかんないことが多いなあ、と思ってたけど、なにか引き込まれたのはそういうところだったか、と。千と千尋は、そういうことだった、って今は思うなあ。

ゲド戦記だけど、前半で、結構、伏線張ってるんだけど、張りっぱなしで、だらだらって、進んで行って、なんか、田中裕子をぶっ殺したら、それでまあイイんじゃない、みたいな感じのところ。千と千尋なんかも、あれえ、何にも解決してねえ、とか思いながらだったけど、そういうのを寄り切っちゃうパワーがあったけど、こっちには正直言ってない。ハウルもなかったよね、寄り切りのパワーが。ハウルの方は、背景とかもだいぶ凝ってる印象があったにもかかわらず。今でも、わからん。あのババアになるのと、若いナオンになる境が。まあ、今更どうでもいいけど。このゲド戦記も、正直、背景とかがすごくのっぺりしてる印象があった。だから、なんか、より、拙速、って感じちゃったんだよね。わかんない。これは、前後が逆になってるかもしれない。そもそも拙速って感じはしてたから。

あ、こっからネタばれ、です。

いや、実際は、なんか、伏線に対しての回答はあって、ちょっと言いましたよ、みたいな感じはあるんだけど、なんだか、どっちにしてもダラダラしてて、あんまり、伏線っていうほど、伏線、っていうつもりもなかったのね、そーなの、ごめんね、って感じ。魔法で剣が抜けないよ、とか、竜が共食いしてるモロモロ、とか、菅原文太がウロウロしてる目的とか、岡田準一といっしょに旅しよう、ってなったわけ、とか、菅原文太が田中裕子に反感持たれてる理由、とか、結局、あの娘は、竜だったの? とか、オヤジ殺しちゃったのはなんで、とか、色々、きっちり解決してないことがあるような気がするけど、別にすごく気になるわけじゃない。そこんとこは、善し悪しかもなあ。

まちゃみんが気になったのは、あの金髪のおばさんと、菅原文太の関係。まちゃみんは、いけない関係を想像してしまった。

で、たぶん、この映画、ってまちゃみんは、そんなつもりでは見てなかったけど、宮崎駿ではなくて、その息子が監督だと。で、あんまり話題にはなってないような気がするけど、これはねえ、見る人が見たら喜んじゃうんだと思うだけど、息子監督のオヤジ監督への深層心理が出てる、と。岡田準一がオヤジ殺しちゃうこととか、その代わりとして、出てきた菅原文太が、いまいちパリっとした活躍をしない、とか、これは、完全に、監督が、劇中の菅原文太なり、王様に、実際のオヤジの姿を投影してるんだと。菅原文太ははじめこそ、結構、主人公を助けたり、導いたりするけど、最後の方は、屁たれになってるじゃん、大した理由もなく。その辺の描写に、実績はないけど、つごー良く、ヒーローにだけはなる、お手軽感が出てる、とか、喜んで、深層心理を分析されそうだなあ。違う? 岡田準一が変化するきっかけって何かあったけ? あったらすまん。

ということで、あんまりパッとしないけど、怒りを感じるつまらなさ、ではなかった、というのが印象。まとまってなくて申し訳ないけど。

明日から仕事。まちゃみん明日から、心を入れ替えて、好きなように行きたいと思う。

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これから

ここんとこ、ここに書くことといえばネガティブなことばっかりで。ポジティブなこと書こうにもそういう気持ちじゃないし、そういう事柄もない。

ってことを書いて思ったのは、まあネガティブなところから入って、はじめは諸々を構成する要素として触れても良いけどそれをポジティブに解釈すればいいじゃん、と。

ここんとこやっぱりそんなんばっかりだから、自分でもあれでね。いやさっき思ったの、結局、暇だと脳にスペースがあって、そこに何かをいれざる得なくて、何かを入れてそれをどっちか、っていうとネガティブに解釈すると。いっつもそういうことだってわかってて、考えながら、あ、またこの状態だ、とか言ってるわけじゃん。

ならばそこにポジティブなことをいれたらどうだろう、と。やっぱり今回は、結局、昨日のことをグダグダ考えていてね、まあ、やっぱり毎度のことだけど時間の無駄だ、と思った。

もうそういうことの理屈だとか考えるのは、なんだろう、卒業していいんじゃないかなあ。だいぶいろんなパターンを経験した、と言っていいんじゃん。この日記にそういう効用があることは間違いなくて、たぶん4~5年位前からは結局同じこと言ってんなあ、ってあるじゃん。読み返すほどに。

そういうこともあって最近は、人間がやることの筋道が早くみえすぎてネガティブな状態にくるのも早い、というかもしれないじゃん。だったらさらに進めて、ネガティブを通りこして、裏返してポジティブにもっていけばいいじゃん、ということだと思うんだよね。あったりまえだけど解釈なんていくらでも恣意的にできるんであって。だったらもうネガティブなとこにとどまるのはやめて、もう一歩先に進もう、と。

そういうことでいいんじゃないか。

ともするとやっぱり昨日のことを書きそうになるからね。書いてもしょうがない、と。ここに出すのは、まあ、もろもろ手続きを踏んだうえで、要は、検証をした上で、ポジティブなところを残す、と。

そういうことでいいんじゃないかね。

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2006年8月14日 (月)

ご機嫌そーとー悪め

なんだろう、朝からそーとーご機嫌悪めだね。山梨産のバカに変なアオられ方されたり。山梨と長野の県境あたり走ってたときは、一瞬、気候も良いし、景色も良いし、もうゴキゲンだったのに。

ここ何年か感じていなかったけど、こいつらにそーとーイライラした。二人揃った状態で会ってなかったからかもしれん。二人の方が拍車がかかるね。今日はまざまざと思い出したよ。そう、こいつらに対して泣くような悔しさを覚えてたはずじゃないか、って。

このイライラはなんだろね、陰口叩かれてさあ。こういうイライラがなんでなのか、ってこれまでわからなかったけど結構わかった。今まではやっぱり、こいつらに育ててもらってたという、それはもう負い目っちゅうのがあって自分でも痛くてきっちり考えられなかったんだろうね。

わしゃあ、ちょっと自分の親に対して美化してたかもしれんなあ、ここ2~3年。ある意味カタチだけしっかりやってたわけじゃん。で、カタチだけどうしてそうするようになったか、っていうそのルーツを忘れてたんだよね。どうして自分でそうしてたか、って忘れて、良い部分だけ昇華させてたかもしれん。それを思い出した、ってことでいいんじゃないか。良い文脈でなにごともとらえてやってたし、そしてそれは責任感とも思ってたけど、そうする必要は何もない。やっぱり何もなかったんだ、ほんとは。

本人たちは気づいていないかもしれないし、気づいていたって良いけどわしゃあこういうちょーしの乗り方してるやつは嫌いなんだよ。それは親かどーかとか血がつながってるかとか関係ない。いや、俺だってちょっと前までむしろ憎々しく思ってたわけじゃんか。

もう俺の出る幕はない、ってことで良いんじゃないか。本人たちもそれでいいんだろう。

前はこいつらはバカだし言ってもわからん、と思ってたけど、そうじゃない。どうしようもなくズレてる。加えて言ってもわからん以前の問題で聞くことがそもそもできない。俺のほうはわかってる、ってもう言って良いと思う。それがわかる、ってことでいいんじゃないか。

やっぱり自分の問題っちゅうことかと思う。この人たちを良い文脈でとらえて、すり寄っていってるのも自分だし、実は自分の親のはずなのにこの程度の感性もない、って気づいて愕然とするのも自分なのよ。

だとしたらこういうやつらにそもそもへりくだってやる必要はいまやない、ってことで良いんじゃないか。俺がそうだと判断するならば。そうであってもなんとかしよう、と思うのも俺自身なんだから。もう俺だって責任は果たしたよ。それに、だからこそ本人たちちょーしにのってるんだけど、先の算段もある程度たった、ということだろう。

悪いけど、この先ほんとの意味でこいつらの相手をしないようにしようと思う。本人たちは変わりようがないし、俺が変わることも止めようがない、ということだと思う。

わしゃあ自分の親にまでそういう良心を差し出すことができないし、意味がないことだ、って、今、きっちり思えてすっきりしてる。もうほんとに自分の良心を差し出したくない。この2~3年のプロセスはそういうプロセスだったような気がする。

前の前の彼女が怒ってたのはこういうことだった、で良いんじゃないか。

ようやく自分の人生を生きるようにしたい。わしゃあほんとは刹那的なやつなんじゃよ。

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2006年8月12日 (土)

日本文理惜しかった 高校野球

良かった。高校野球っていいね、改めて。って新潟代表日本文理のことをはなしたかったんだけど。また泣いちゃったよ。この前も言ってたけど、もうどうにも年だけとって俺だけ取り残されてる感が泣いちゃう原因だろうね。 いや試合自体も、ものすごく良かった。新潟代表であんな強いの初めてなんじゃないだろうか。新潟史上最強? 新潟県民にとってたぶん思い出深いのは昭和50年代の中頃だったと思うけど新潟南のベスト8ね。でもあれは林さんのワンマンチームだったからね。そーいえばその林さんだけど捕まった、って噂を聞いたけどホントかなあ。で、日本文理だけどチームとして強かったなあ、と。負けはしたけど。春ベストエイトってフロックじゃなかったんだね。あんなに強いと県外から選手あつめてんのかなあ、とか勘ぐってしまうね。新潟はやっぱり弱くてもおらがとこのチームってのもそれはそれでやっぱり愛しいところだからね。別にそんなにガツガツしなくていいじゃん、と。新潟はそうはいっても豊かなとこだと思う、いろんな意味で。東京出てきてちょっと思うのは新潟県人はやっぱりのんびりしてるんじゃないか、と。それはやっぱり豊かだからなんではないか、と。ある意味、ほっといてもそのへんに木の実がなってたり、とかそういう南の島なんじゃないか、と。そーとー偏見があるかもしれないけど。 野球だけのために、高校生をそれだけの生活させんのはいかがなもんかと。いや、全然ほんとのところはわからんけど。 試合自体は序盤で相手が結構、拙攻を連発してたときに点を取れなかったことだね。逆に文理は惜しいとこで点取れなかったからね。押し気味だったけど。8回もノーアウト満塁の見せ場を作ったし、9回も1点差2アウト3塁で、もうピッチャーいないなかで代打を送るシビレる展開だったしね。最後Pゴロだったけどイレギュラーしてたように見えたし、最後の最後まで全然チャンスがあった。なんだろう、勝ってもラッキーじゃなくて実力って感じだったもの。惜しかった。ほんとに。毎年、関係の人には悪いけど新発田農とか中越とか出て明らかに実力差があったときからすると隔世の感があるね。あ、一瞬、幹英がいた明訓ってのはあったなあ。まあいいや。あんときはあんまり野球そのものでは印象ない。水島新司がマンガでリアル明訓とドカベンの明訓を対戦させてたくらいでね。まあいいや。 もう画面見ると、甲子園は露骨に暑くてさあ、今の俺だったら絶対あんな灼熱のグランドにいることできねー、と思って。感覚としてはちょっと前まで俺だって、真夏の炎天下の中、野球だ、ラグビーだ、ってやっていたのに。この前のスティーブジョブスの言葉の通りでまさに自分が古きものになりー掃されるんだ、と。年々再々花同じ、再々年々人同じからず、なんだと。いつの間にか自分にとってははるか昔のことになったけれど、相変わらずあそこにいる高校生は変わらない。 ということで感傷的になったりして泣いてしまった。 また話はとぶけど、結局、咋日も1日仕事だった。1本の電話で大わらわだよ。これが車業界か、と。異動してきて、3力月くらいで思ったのは、よく言われてたことだけど、いわゆる車業界は違うと。そうかなあ、と思ってたけどやっぱりまちゃみんも実感した、と。 弊社は、まあ電子業界です、と。ルーツもそうだし売り上げの面でもそうだし、多数派というか、主流派というか、まあ、そんなにドぎついものではないけど発想の仕方は、やっぱりそっちでしてるんだよね。 そうすると、こっちで特に感じたのは、ついてこれるものだけついてくれば良い、という姿勢でね。社内からまずはそれを感じ、そうは言ってもそれはまあ元をただせば客の姿勢そのものなんだろう、とね。 全然引き継ぎがない、まず社内的に、というのとか、全然困ってることに対して協カ的じゃない、とか。自分の責任の範囲はここまでだからあとはなにがあっても知らん、と、そういうことなんだね、たぶんその元になってる発想としては。もっとひどくなると問題が起こることがわっててもほっとくとか、さらにヒドイとそれを笑ってるとか、ちょっとまちゃみんのいままでの常識だとありえないことばかりでね。個人のキャラクターによるところも、もちろん大きいと思うけど、それは玉子が先かにわとりが先か、というようなもので、まず、客の姿勢というか、仕組というか、がまず、大きい、ということもあるんではないか、と。 まちゃみんはだからこそ居心地が悪かったというのがあると思う。まちゃみんの発想ではたとえ自分がそういう仕打ちを受けてもそれをそのまま相手に返しちゃいかん、と。今回の話でいえば客がそうであってもそれを社内にもちこんでもっと改悪してどーすんだ、と。悪い噂もさもありなん、ということだ。 この前のブサイクの理屈でね、そのまま返してたら自分もそのしょーもない、とおもってる人間と同じになってしまう、と。相手がバカだから、って自分もバカになっちゃいかん、ということでね。

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2006年8月11日 (金)

伝説の場面

プロレスのものまねで、ほんとに元ネタも知ってる上で、というか、そのネタの元となるほんとの場面も見た上で、楽しんでる人、ってどれくらいいるんだろうか。ほんとは、あんまり多くないような気がする。ものまねする人の芸そのものもおもしろいから、ネタ元を知らなくても、その芸そのもので笑えるんだと思う。あと、ああ、あの人だったら、そういうことやりそうだな、とか、そういう想像、っちゅうの。まちゃみんは幸いにも、最近流行ったヤツは、結構元ネタの瞬間を見てる率高いような気がしてる。なので、元ネタ知らない人より、1.2倍位楽しめてる、と思う。

仕事一段落なので、ほんとにくだらないこと。

今回のやつを書こうと思ったのは、この前、ぼー、っと、松本伊代の発言が思い出されたからだ。たぶん、もう20年位か、それ以上前のことだと思う。NHKで、たぶん、夕方6時から、こちら情報局600(ロクマルマル)とか、そんな感じの子供向け情報番組をやっていたと思う。今の時代、ネットもあるから、調べればそれくらいは、正確なとこがすぐ出てくるだろうけど、あえて調べない。こういうあいまいなままの記憶として今んところ、とっておきたい。

この600、なんだけど、あれ、内容全然、覚えてないなあ。確か、NHKのおっさんのアナウンサーと、女性アシスタントみたいんがいて、子供向けに、ニュースだとか、をかみ砕いて紹介する、とか、どーでもいいようなネタをこんなんあるよ、とかそういう番組だったと思う。

話は脱線するけど、そんで、6:30からは、人形劇をやっていたと思う。こんなこと、ここで書いてネタにしなくて良いけど、前の前の彼女と、北海道に旅行に行ったときに、その彼女が、バスガイドが、プリンちゃんに似てる、ってそればっかり言ってた、という記憶がある。わしゃあ、プリンちゃん知ってるから、そのフリについていけたけど、っていう。ちなみにプリンちゃんは、その人形劇の主人公だ。細身の人形で、髪は銀色、その髪を横でくるくるにしてる人形だったと思う。って、それしか覚えてない。物語の筋とか、舞台とか全く覚えてない。まあ、いいや。あ、プリンセス、プリンだったかも。どーでもいいや。

前置きが長くなったけど、その番組で、当時アイドルだった松本伊代が出た。で、松本伊代には隠し芸があります、と言って、それは、なんでしょう、というクイズ形式にしてた。といっても、印象としては、その3人のスリーショットで、若干向かい合いながら、ゲストに問いかける、という感じで、単にゲストとおしゃべるしてる、ってそういう感じだったと思う。で、その松本伊代の隠し芸、というのが、手で鉛筆を回す、というものだった。浪人回し、とか、貧乏回し、とか言われてるあれだ。で、正解を実際やってもらいましょう、と言って、実演していた。そしたら、それが全然うまくないんだよね。何回か、鉛筆落としてたくらいだもの。

当時、たぶん小学生だった、まちゃみんでも思った。なんというヌルい展開なんだ、と。そもそも隠し芸として、たいしてレベルも高くない、そして、くだらないのに、いざ、やったらそれも満足にできん、と。この場面だけをすごく覚えてる。あまりにもヌルすぎて。ほかにも、誰か、この場面を覚えてる、って人いないかなあ。昨今のプロレスの、ああいう細かい場面がものまねされるのを見てると、これも、やってほしい、とか思ってしまう。

で、プロレスの方の最近の流行ってる、ものまね、って、ものまねしてる元ネタをまちゃみんも見てるのがほとんどのような気がしてるのだ。これは、結構、優秀ってことでイイのではないか、と思ってる。

ひとつは、もう、すごく有名になった、小力の「きれてないですよ」。ちなみにこのものまねは、ダウンタウンの七変化でやっていた、クリームシチューの有田の方が1.5倍位うまかったし、正確だった。小力のはもう完全に一人歩きになっちゃってるもんね。松村のバウバウ状態だ。

確か、これは、試合後か、練習後かのインタビューだった、と思う。汗をダラダラ流しながら、長州がインタビューを受けてた。長州が格下の相手に挑まれて、善戦されて、本気にさせられた、っていうのが見てた人には、印象としてあった、という試合についてのインタビューだった。インタビュアーが、長州さんも切れた場面、つまり本気になった場面があったんじゃないですか、と問うた。「きれてないですよ」は、それに対する回答なのだ。有田はそのあとも忠実に再現していて、「おれを切れさせたらたいしたもんですよ」もやっていた。

これは、やっぱりそこはかとないおもしろさがあるのだ。このやり取りだけで。結構、そんなこと言ってるけど、本気になって怒って、殴ったり蹴ったりしてたじゃん、って。あと、やせ我慢のように、冷静だった、と言っちゃう強がってる感と、本人曰く、切れた、という状態になったらあんなもんじゃ済まない、ということが言外に含まれてるのが、そこはかとない、感じ、なのだ。わかるかなあ。

あと、プロレスで、ネタになってる、という意味で、ほかもリアルタイムで見たのは、2つ。ひとつは、これも有名。猪木が予備校かどこかに言って、受験生の気合いを受け止める、みたいな企画だったと思う。猪木の腹筋にパンチを入れてもいいですよ、って、そういう企画だったんだけど、ひとり歯止めのきかないシロートが、本気で、猪木の腹にパンチを入れて、テレビの画面的にもこれは、いかんのじゃないの、ってイキオイに見えた次の瞬間、猪木が、その受験生にビンタを入れてた。受験生の方は、単にパンチしてイイ、ってことだったので、自分がビンタを返される、っていう体制整えてなかったから、すごい表情になってた、というか、微妙な表情になってた。さっきまで、やったるで、ってイケイケのバカ丸出しの顔だったのが、いっきに、おびえ、の顔になってたのだ。これって、確か夕方のニュース番組でやっていた、と思う。それだけでも面白いしね。これは、相当、オレは面白がった。

あと、これは、どっかで一回だけ芸人がネタにしてるのを見た。やはり猪木でね、試合前の控え室で、確か、タッグ戦で、パートナーは、マサ斉藤だったんじゃないか、と思うけど、プロレスの盛り上げ方として、今回は、かつてない強敵、今回は、勝てるのか、みたいな下敷きがあった。そんで、その控え室にアナウンサーが試合前の意気込みを聞きにいく、という企画があった。

それで、色々インタビューするんだけど、猪木とマサ斉藤は、無視して、スクワットしたりしてるんだよね。で、アナウンサーが、聞いても、ずっと無視してたのに、もし、今回負けてしまったらどうなりますか、って質問をした瞬間、アナウンサーがビンタされて、「はじめから負けようと思って戦うバカがいるかッ」、という主旨のコメントをした。これも相当インパクトがあった。アナウンサーは殴られる立場じゃないし、質問の姿勢としては、低姿勢だったから、それを殴るか、というプロレスラーの、常識が通用しない感がおかしかった。今から思うと、これは、台本があったかもしれない。

あと、これは、松本伊代と同じでネタになってるのは見たことがないけど、またまた猪木。NHKで、夏休みの、子供実験室、みたいな企画があった。確か、内容は、伊藤家の食卓だった、と思う。生活の貧乏くさい知恵を、実践をしながら、紹介する、というやつだったと思う。それになぜか、猪木が出てた。子供といっしょに実験する、という番組だったと思う。

もう詳しいことは忘れたけど、椅子は座り方によっては、手を使わずに立ち上がれない、というネタがあった。ソファに深く腰掛けて、頭を押さえられると、その椅子から立ち上がれないよ、と、じゃあ、一番力がある、猪木さんに実験台になってもらいましょう、と言って、椅子に猪木が座って、子供が猪木のでこを指一本で押さえたんだよね。それで、猪木さん立ち上がってください、と。そしたら、猪木が、あごを付きだして、般若の面のような、試合、そのままの表情で、椅子から立ち上がろうとしてんだよね。でも、やっぱり、立ち上がれない、と。昼の、子供の番組で、大のオトナが椅子から立ち上がろうとして、子供が指一本ででこを押さえてて、その立ち上がろうとしてるオトナが般若の面のようで、あごを付きだしてる、しかも猪木。ってすごい画面だった。そして、NHK。笑っちゃうのは、猪木がそういう、貧乏くさい実験に付き合って、そんで、まあ、必死、というようなカタチで、立ち上がろうとしてて、でも、立ち上がれない、と。迫真の表情でね。さすが猪木、ほうき相手でも、そこに、物語を感じさせプロレスにできるおとこだ、という評価そのままであった。当時は、プロレスは本気のものだと思ってて、そんなことを猪木が言われてるなんて知らなかったけど。

これは、ネタにされてる見たことないなあ。松本伊代のやつもそうだけど、ネタになるのと、ならないもの境って何かな。

その猪木の評価で思い出したんで、もう一個。これは、別におもしろかった、とか、そういうことじゃない。ほうき相手でも、ってことで、今から思えば、なんだけど。とんねるずの番組で、いろんなものを競る、っていう番組があった。猪木と試合できる権、ってのがあって、大学の教授で、骨と皮、みたいな人がその権利を競り落とした。で、試合したんだけど、なんか、そこそこ盛り上がったもんね。まあ、これは、どーでもイイ。

いや、しかし、ほんとにくだらないことを書いてしまった。

部屋片付ける。

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2006年8月10日 (木)

知床断念    か?(東スポ方式)

突発事項がまたまた起こって、土曜まで、毎日、朝イチで、作業自体は、たぶん、1時間とかからずに終わるんだろうが、不具合対策をしないといけないことになった。

今回の連休は、7日間のため、3日もこっちにいたら、知床行く、なんて無理。

そういえば、月曜に異動が発表になった。

これまでの、アイツらのやり方から、嘘臭い、手打ち、幕引きモードになるんだろうなあ、と思っていたが、やっぱりその通りだった。なんと言われようと、カタチの上は、ノッてあげるけど、カタチの上だけノッてる、という姿勢はくずさないでおこうと思う。お前らがやってきたことを、忘れてないし、忘れない、ということだけは、アピールしとかないといけない。ことあるごとに、もちろん、嘘も誇張もない範囲で、もっと多数のところで、実態を言っていかないといけない。うやむやにはしない。

ほんとは、もっとはっきり言おうかとも思うけど、黙ってノッてやってて、むしろ、まだ弱気すぎるような気さえする。

この前の月曜日、飲み会をする、と言ってきた。わしゃあ、当初は行くのは、ぜんぜん良かった。そんな言い方をしちゃいけない、ほんとに嬉しかった。というのは、その飲み会、というのは、まちゃみんが、ほんとにお世話になった、部長が企画したものだったからだ。だけど、その部長は、ほんとに、急遽、どうしようもない理由で行けなくなった。で、はじめは、企画そのものが中止になったんだけど、やっぱり、やろう、と言い出した。まちゃみんは、一旦、中止になって、もう一回復活した、流れ、というのが、すぐ予想できた。たぶん、オレは行けないけど、会、そのものは、やってね、と言われたんだろう、と。まちゃみんとしては、部長がこねーんなら、もう、全く、行きたくない。けど、部長の顔をつぶすわけにはいかない。だって、部長本人がいなくても、やってほしい、というのは、たぶん、部長の意志だから。だから、やっぱりバカにすんな、という嫌味のひとつも言っておいた方がよかった、とも思う、部長から言われてるんで、気持ちとは別に、立場的にやんないといけないんですよね、と。まちゃみんは、部長の意志だから行くんであって、あんたに言われて行くんじゃないよ、と。あんたもそうだろうけど、と、オレだって、そうだ、って。気付いてない、なんてことがない、ってことをオモテに出しておくために。まあ、もう、いいや、その件は。おまかせします、とだけ言っていた。

サラリーマンだなあ。

今日は、明日からの3日間を思い、ふてくされて、サッカーもある、ということで、帰ってきた。でも、一方で、もう、明日から、3日間、こっちを動けなくなるんだったら、どーせだったら、また、住む場所も探さなきゃなんねーし、ケータイのキーボードは買えてねーし、部屋は片づいてねーし、こっちの用事をゆっくり余裕を持ってやろう、とも思っていた。そもそも、今回、こういうことが起きるのも、はっきり、あいつらの体制が悪かったからであって、オレのせーだと考えるのは、もうよそう、と思ってる。オレが辞める、って言ったときに引き留めた、ってことは、それを認めてる、ってことだ。ほんとに問題ないんだったら、お前の方が悪い、だから、辞めるしかないよね、だったはずだ。だけど、今回の件も、だからと言って、知るか、と、オレが投げ出したら、結局、そのおかげで別の誰かが泣くことになる。もう、オレも、このバカどもといっしょに閉じこめられてるのは、あと少しだと思ったら、これはオレが飲み込んだ方が、オレ自身の気持ちのうえでキレイだと思ったのだ。サッカーは、点が入ったところは起きてたけど、例のごとく、前半ももたず、寝てしまった。けど、久しぶりに、深い眠りだったような気がする。

そしたら、ここんとこずっと体調もはっきりしなかったけど、なんか、微妙に良くなってきた。そしたらやっぱり、3日間もこっちで身動きとれないのがイヤだ、と思うようになってきた。

ということで、これから、夜中だけど、なんか、体調もちょっと戻ってきたので、これが悪いんだろうけど、がんばって、段取りしちゃって、寝ずに、明日の朝、客のところに言って、不具合対策して、ほんらい、客のとこで、朝イチで3日間やらないといけないところを、ちょっと、迷惑をかけちゃう人が出ちゃうけど、元のところに乗り込んで、3日分やっちゃって、やっぱり、休みは、6日間とれるようにしようかと思ってる。

そうしよう。

これから事務所行こう。

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2006年8月 8日 (火)

「ヨロシカッタですか」は間違ってないと思う、わしゃあ、使わんけど・・・

「ヨロシカッタですか?」って、オレも、はじめはすごーく違和感あったよ。

もう、完全に、更新しとこう、と思って、どーでもいい話(byだいたひかる)なんだけど。

たぶん、「ヨロシカッタ」、が変、って騒ぐ前に、結構、「ヨロシカッタ」って、長い助走期間があった、と思う。つまり、おかしいおかしい、って騒がれる相当前から、使われてたんじゃないの、っていうのがまちゃみんの印象。というのも、オレ、はじめ、「ヨロシカッタですか」って言われて、すごーく違和感があって、すごくイライラしてた。だけど世間は騒いでなかった、と思う。

だけど、あんまり言われてるうちにそのうちに慣れてきちゃったんだよね。そんで、オレ自身は、あんまりもう違和感感じなくなったころに、世の中で騒ぎ出した、って印象がある。まあ、だから、って自分で使うか、っていうと、使わないけどね。使いたくない。こういう印象の人結構多いんじゃないか、って気がするけど、気のせいかなあ。結構、オレだけか、このイライラは、っていう人が多かったんじゃないの、ってことなんだけど。

で、世の中で、おかしいおかしい、って言われ出したころに、逆にあえて、面白がって、なんでもかんでも「ヨロシカッタですか、ヨロシカッタですか」って、まちゃみんの周りでやってた。そんで、まちゃみんも、おもしろがって「ヨロシカッタですか、ヨロシカッタですか」って言ってるうちに、自分で言うのも、全然違和感なくなっちゃって、フォーマルな場面でも、思わず、使いそうになって、いっけねー、って時があった。

「ヨロシカッタですか?」のイライラの原因は、まあ、皆さんがおっしゃる通り、普通に、「よろしいですか」とか、「よろしいですよね?」でイイじゃん、ってことだと思う。なんだろう、言葉の上ではへりくだろう、としてるけど、実は、へりくだってない、おしつけがましいところだよね。たとえば、逆に、じゃあ、お前のその質問に素直に応えて、よろしくなかった、って言った時のプランを用意してんだろーなあ?、このぉ、ってのがあんのよね。ダメ、って言われたときのプランを用意してないのに聞く、っちゅうことは、結局、てめーの都合を押し通すための確認なだけなんでしょ、ってことが透けて見えるからだろうね。

で、これって、あの、肉食の人たちの文化のえーきょー、と見た。おーべーか?(byタカ&トシ)。あの人たち、「Could you?」とか、「Would you?」とか言うじゃん。これって、いずれも、「Can you?」とか「Will you?」でも、良いけど、より、丁寧、とか、習ったよね? 違ったっけ? そーゆー類のもんだと思うよ。過去形にする、っちゅうことは、すでにあり得ないことなので、直接的じゃなくなるなんだろうね、感覚として。それが、相手の思いやりが、現れたカタチです、と、だから、丁寧なんです、と。そういうことかと思うよ。だから、発想としては、「ヨロシカッタですか」は全然変じゃない。

でも、まちゃみんの語感は、やっぱり、結局、さっきも書いたとおり、てめーの都合を押し通すための確認でね。日本語は、そういう時、自分がへりくだるカタチで、丁寧にしてたんじゃないだろうか。自分のつごーなんだから、自分がへりくだるカタチで、っていうのが基本なんじゃないだろうか。きっとだからこの言葉使いされてイライラしちゃってたんだろうけどね。よろしいですか、の謙譲的な表現、ってだからと言って、思いつかないけど。なんだろう。

ということで「ヨロシカッタですか」は、コンビニの店員とかに言われても、もう、今更イライラしたりしないけど、まちゃみんは、使いません。まちゃみんが使うときは、すくなくとも、俺自身は、自分で笑いながら使ってる。

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2006年8月 5日 (土)

ようやく帰ってきた

突発事項。まあ、オレが悪いんだけどさ。どうしても、充実した感じ、っていうのを感じられないのは、全部アト追いになってるから。まあ、経験、というか、痛い思いをしないと覚えない、っていうもあるけど。痛いのを味わっただけで、生かせないのが悔しい。

明日、朝もはよから、本牧にいかないといけない。

道筋をつけるとこまで、どう考えたって持っていけない。アトを引き継いだヤツが同じ苦しみを味わうだけだ。なんとか、方向、考え方だけでも残していかないといけない。ほんとに、オレと同じことを味わってほしくない。

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2006年8月 3日 (木)

亀田くん②、しごとのこと②、ベースのこと

◆亀田くん②

うーん、なんていうのかね、どう考えても、判定おかしいよね。相手がかわいそうだよ。まあ、だからって、亀田くんが悪い、っていうことにはならないけどね。本人は、これに賭けて、やってきたんだから勝ったら嬉しいに決まってる。まちゃみんは、判定の結果はともかく、亀田くんがこれに賭けてた、っていうのは、やっぱり、伝わってきた。彼の言動が好きか嫌いかは、別で。

それに、たとえ、負けてたって、こういうあと、ってのは、苦しい練習に耐えて、勝っても負けても、一区切りなんだから、どうしても、気持ちとしては、サワヤカになるもんだと思うよ。喜んでるのに水を差すのはどうかと思う。あくまで、そういう判定をした人が悪いんであってね。だから、かわいそうなのは、相手のベネズエラ人の方であってね。ベネズエラ人は、ほんとうに気の毒だ。

でも、こういうことが亀田くん本人にとって、長い目で見たときに良いことになるか、はわからない。また、テレビで垣間見る亀田くんの言動が好きかどうか、は全く別問題であってね。まちゃみんが思うのは、亀田くん本人に、判定がどーの、っていうのは、違うと思う、っちゅうことであって。試合した当人達には罪はない、っちゅうことよ。

テリー伊藤の、のってけラジオ、今日は聞けなかったけど、どんなこと言ってたのかな。次回の対戦で、気持ちよく勝って周囲を黙らせろ、ってのが一番無難なところかなあ。こういう結果ってのは、負ける、っていう予想より、はるかに難しかっただろうから。

◆しごとのこと②

今日は、突発事項が多くて疲れた。それにしても、今週は、もう、あの話題ばかりが気になってる。オレもう、戻る気力も自分で、ないような気がする。なんども同じことで、アレだけど、決して、負けてない、と胸を張って言える状態じゃない。

悔しい。自分では、こんな野ざらしの状態に放られて、文句だけ言われ、ようやく、仕組み、というか、流れがわかりかけてきて、ここをこうしたら、ラクになる、つまり、良くなる、ってことが出てきた時だったのに。

悔しい。こういうことに対して、前向きなとらえ方がどうしてもできない。ネガティブな方にばかり考えてる。わしゃあ、まずは、自分が自分に、中途半端だ、というレッテルを貼らざるを得ない状況になってるんじゃないか、ってことから、どうしても逃れられない。運が悪かったで済ませたい。巡り合わせが悪かったで済ましたい。でも、その理屈を許しちゃうと、実際に状況が悪いことに対しても、肯定しちゃうことになる。

もう、顔を合わせたくない。そういうところから、もう、いやな気持ちになってる。これが世間の厳しさなのかなあ。わしゃあ、負け犬かなあ。何かがきっかけで変わるんだろうか。自分で動かないとダメだとは思うけど。もうちょっときちんとしたことが言いたかったけど、ダメだ。

◆ベースのこと

悪くない、ってこの前書いた。悪くない。のは、印象として、変わってない。でも、何回も聞いていて、細かいところが気になりだした。これは、逆に肯定的にとらえて良いんだと思うけど、耳がついてきた、ってことで。やっぱり、練習だと思ったのだ。ここが一個足りてない、とか、ここにこういうオカズを入れたら、絶対よくなる、とか、ここは単に練習不足で指がついていってないところだ、とか、が、整理されてきたのだ。やっぱり練習だね。

それにしても、マディーのベーアンはやっぱりフェンダーの音だと思う。もう、なんだかんだで全くカネがないけど、フェンダーのジャズべーが買いたい熱が高まってる。どうしよう・・・。

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2006年8月 2日 (水)

亀田くん、しごとのこと

◆亀田くん

亀田で帰ってきた。どうなんだろうね。結構、勝てないんでないの、っていうのも見かける。曰く、これまでの相手は、カネを掴ませて、負けてもらってた、と。根拠として、タイ人とか、そんなん、とかしかやってない、と。まちゃみん、しょーじき言って、亀田くんが実際に試合してるのは、一回も見たことない。なんで、よくわからん。でも、弟くんの試合は見たことがある。確かに、そういう感じもあるかなあ、と思った。あんまり、強そう、って感じはしなかった、しょーじき言って。人気先行で、テレビ中心で動いてきちゃった、みたいなとこがあるかもしれないよね。だって、コメントとか、すごくイイもん。テレビ的に。まちゃみんは、ボクシングの実力はわからんけど、そこは、たいへんに評価してる。えっへん。なんか、放送作家が書いて、言わせてんじゃないか、って、イカしたコメントとか、おとといなんか、軽量の会場にハンバーガー食いながら入ってきたり、とか、その翌日に、逆にベネズエラ人に、振る舞いが子供だ、とか言って、紙おむつとおしゃぶりを渡されて激怒したところ、とか。この一連の流れ、イイよね。どっちが勝つんだろう、って盛り上げてくれるよ。だから、テレビっぽいんだよね。

まちゃみんとしては、勝っても負けてもどーでも良い。野次馬として、面白いんだよね。これだけ、大騒ぎしてて、もう、勝つことが前提じゃん。負けたらどーなるんだろう、って。こんだけ周りのオトナが勝つこと前提で色々計画しちゃってるものが、という。

あと、まちゃみん的な注目としては、テリー伊藤が押してることだね。推してるくらいなんだから、とーぜんなんだけど、テリー伊藤も、イケイケのコメントしかしてないじゃん。でも、いちおう、テリー伊藤もプロなんだから、負けた時は、こういうこと言おう、とかは頭に入ってはいるんだろうな、とかね。楽しませてもらってる。

まちゃみんとしては、テレビに出た瞬間ダメなの。人間というのは、テレビに出た瞬間にダメになる人がほとんどだと思うの。テレビに出る人、って要は、目立ちたがり屋なの。最終的には、テレビに出ることそのものが目的になっちゃうの、きっと。この辺のことは、またまとめて書きたいなあ。テレビに出て、大丈夫だったのは、王、長島だけなの。だからこの人たちはスーパースターだと思うの。この人たちは、テレビにでても浮かれないオーラをなんか感じてるの。その弟子の松井には、若干の期待をしてるの。で、そのもとをたどれば、川上監督なんだけどね。

◆しごとのこと

帰ってきた。この場で色々言ってた、結局、思い過ごしだったこと。結局、オレのことだったんじゃん。まちゃみん、やっぱりある意味あてちゃったんだよね。笑っちゃう。

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W-ZERO3(es)使ってみての感想

この前の日曜、新潟から帰ってきて、すぐ買いに行った。夜の7時位に、新横のビックカメラに行ったら、売り切れ。横浜も、とのこと。ただし、調べてもらったら渋谷にはある、とのこと。正直、新潟ツアーで疲れ果てて相当ツラカッタけど、渋谷まで行って、まんまとゲット。ちゅうことで、使ってみて2日目の印象。

・意外に中途半端? 電話器として、使い勝手、そんなに良くないよなあ、っていうのと、電子手帳としても、弱い、という感じ。少なくとも、どっちかは、まあ練ってあるよね、っていう感じをさせて欲しかった
・大きさとしては、ギリギリ。これ以上大きかったら絶対イヤ、っていうギリギリ
・細かな動きですごく不安。きびきび動かないし、画面、ボタンの配置とか、練り混まれてる、って感じは、少なくともしない。まちゃみんの場合は、クリエとくらべて、の印象
・コピー&ペースト、とか、すべて選択、とかどーするの?
・モノ、として、きゃしゃな印象。ちょっと乱暴に扱ってるとすぐ壊れそうな感じ。たぶん、スライドして、キーボードが出てくる機構によるよなあ
・そのキーボード、果たして、役に立つのかなあ、っていうと、相当疑問
・だけど、手書き入力は思ったより便利。少なくともクリエのより全然イイ(だので、キーボードいらんなあ、って、なおさら思う)
・インターネットは、結構使える。まちゃみんは、そもそも、家のデスクトップのパソコンもいまだに64kなので、下手をすると、家のパソコンより、W-ZERO3(es)で、ネット見ちゃうかも、W-ZERO3(es)の方のブックマークが充実してきたら
・このインターネットに関しては、クリエで、エアーエッヂのカード挿して見てた時より、断然イイ。これは間違いない
・電話帳、すごく使いづらい印象。なんか、電話画面にもきびきびいかない感じだし、これは相当マイナスだなあ
・通信のコストは、すごく安いと思う。ウィルコム端末同士で、通話し放題、と、ネットつなぎ放題、で、ひと月5000円。これは安いと思う
・これから、これをパソコンでつないでネットができるようにすることと、予定表を同期させることと、あと、USBでキーボードとつなぐ、ということをやっていきたい

っちゅうことで、期待より、やや良くなかった、というのが、W-ZERO3(es)の印象。

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2006年8月 1日 (火)

もろもろモロモロ

ひさしぶりに、普通に帰ってきたような気がする。もろもろ。

◆この前のライブの自分たちの演奏
悪くない。全体の印象は二つ。歌がこれまでより聞こえてること。ひでさんのドラムが非常に安定してること。全体的には、これに尽きると思う。

だいたい、この2つなんだけど、細かなところで自分のところは、以下。
オレ自分で、下手だと思ってる。けど、今回もらったライブのCDは、ほかのベーシストの演奏も入っていて、くらべる、ってちょっと下世話だけど、くらべて悪くない。オレ自身は、生のライブの時は、自分の演奏は、観客として聞けないんだけど、録音すれば、条件は同じ。で、オレ、その時、悪くない、って思ってたベースとくらべて全然悪くなかったから。まあ調子に乗ってはいけないけど、自信を持ってやっていって良いんではないかと思う。っていうか、人前に出るときには、自信を持ってやれるような状況にしとけ、ってのもある。もちろん、練習したり、他の音楽を聞いて引き出しを増やさないと現状維持だ。もう、楽器っていうのは、どんな楽器でも、そうだろうと思うけど、絶対的に、触れてる時間に比例するもんだと思う。

◆仕事のこと
まだ、全然気持ちが整理できない。それの意味を考えてしまう。オレはもう負け癖がついてるんじゃないか、それが、実質的な結果、として、こうなってるんじゃないか、とか、すごく余計なことを考えてしまう。他人の目、とかね。このことをほかの人は、どういう風に受け取るんだろう、とかね。結局、根っこの実力がない、ってことなんかなあ、とか。なんだか、すっきりしてないのは、全く事実。もう一回、あの場でがんばれるんだろうか。もうダメのような気がする。どーする、まちゃみん。

◆新潟ツアーその後
太った。間違いない。
あと、月曜日は、相当、風邪気味だったけど、今日、ようやく直ってきた。けど、仕事してたら、すごく変な時間に、鋭い眠気がきたり、変な感じだった。明日には、回復するだろう。
とにかく、ナオンに全然興味を持てない、ってのが、はっきりわかったのが、自分としては、すごく印象に残った新潟ツアーだった。なんか、本題、と関係ないような気がするけど。無理矢理理屈をこねれば、新潟は、やっぱり、それこそ、20歳まで育った、っていう、若さそのものと全く密着してる土地だから。何度もすまんが、周囲が変わったんではなくて、俺自身が変わった、ということ。
  年々歳々 花相似たり
  再々年々 人同じからず (劉希夷)
っちゅうことやね。

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混乱してる

◆休んでた
新潟に旅行に行っていたのだ。やっぱり新潟は良いところだったのだ。今、色々あって感極まっているので感傷的なことを考えているけど、やっぱりオレは新潟の泥の中からわき出てきた、っていうそういうものでしかなくて。どうして、なんで、今、都会と言われる人によっては欲して止まないところでブロイラーのような生活をしているか。こういうことになっているのか、と考えてしまう。母親が考えていた、月々のお給金は確かにもらえるこういう生活が果たして良かったか。俺自身何モノになりたかったか。やっぱりただ目の前に来た1日々々をそれなりに過ごしていただけだと思う。結局そういう意味では、そもそも主体的な生き方をしていないんだ、と思う。例えばずっと新潟で泥にまみれた生活がほんとうにできたとして都会の生活にあこがれただろうか。とてもそうは思えない。あの上越での生活がインプットされてるオレは、やっぱりどこかずれていると思う。そういうことだと思う。今になって思うのは。実は少しずつずれているんだと思う。今やもう、それが入って固まってしまって元には戻らないんだと思う。ゆで玉子は決して生玉子には戻らない。良し悪しでなく最近の無力感はそういうことだと思う。新潟であまりにも女の人が綺麗に見えなくて確信した。もう何度も言っているけど変わったのは周囲の方ではなくオレ自身なのだ。もうどうなっていくか、そして、どうしたいのか、自分でわからない。


◆今後
突然のことでとまどっている。なんともいえない。風邪ぎみということもあるだろうけど。すごくとまどってる。混乱してる。決して悪い意味ではなく「勝ち逃げ」と「負け残り」ということがある。そういうことを考えて混乱してる。やっぱりそこに何かの意味というのは見出してしまうし、見い出されてしまうだろう。俺自身の中では、とても胸をはって負けてない、とは言えない。負けた上で、さらに勝負できないことはやはりとても難しいシ4ュ工ーションってことだと思う。

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