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2006年8月14日 (月)

ご機嫌そーとー悪め

なんだろう、朝からそーとーご機嫌悪めだね。山梨産のバカに変なアオられ方されたり。山梨と長野の県境あたり走ってたときは、一瞬、気候も良いし、景色も良いし、もうゴキゲンだったのに。

ここ何年か感じていなかったけど、こいつらにそーとーイライラした。二人揃った状態で会ってなかったからかもしれん。二人の方が拍車がかかるね。今日はまざまざと思い出したよ。そう、こいつらに対して泣くような悔しさを覚えてたはずじゃないか、って。

このイライラはなんだろね、陰口叩かれてさあ。こういうイライラがなんでなのか、ってこれまでわからなかったけど結構わかった。今まではやっぱり、こいつらに育ててもらってたという、それはもう負い目っちゅうのがあって自分でも痛くてきっちり考えられなかったんだろうね。

わしゃあ、ちょっと自分の親に対して美化してたかもしれんなあ、ここ2~3年。ある意味カタチだけしっかりやってたわけじゃん。で、カタチだけどうしてそうするようになったか、っていうそのルーツを忘れてたんだよね。どうして自分でそうしてたか、って忘れて、良い部分だけ昇華させてたかもしれん。それを思い出した、ってことでいいんじゃないか。良い文脈でなにごともとらえてやってたし、そしてそれは責任感とも思ってたけど、そうする必要は何もない。やっぱり何もなかったんだ、ほんとは。

本人たちは気づいていないかもしれないし、気づいていたって良いけどわしゃあこういうちょーしの乗り方してるやつは嫌いなんだよ。それは親かどーかとか血がつながってるかとか関係ない。いや、俺だってちょっと前までむしろ憎々しく思ってたわけじゃんか。

もう俺の出る幕はない、ってことで良いんじゃないか。本人たちもそれでいいんだろう。

前はこいつらはバカだし言ってもわからん、と思ってたけど、そうじゃない。どうしようもなくズレてる。加えて言ってもわからん以前の問題で聞くことがそもそもできない。俺のほうはわかってる、ってもう言って良いと思う。それがわかる、ってことでいいんじゃないか。

やっぱり自分の問題っちゅうことかと思う。この人たちを良い文脈でとらえて、すり寄っていってるのも自分だし、実は自分の親のはずなのにこの程度の感性もない、って気づいて愕然とするのも自分なのよ。

だとしたらこういうやつらにそもそもへりくだってやる必要はいまやない、ってことで良いんじゃないか。俺がそうだと判断するならば。そうであってもなんとかしよう、と思うのも俺自身なんだから。もう俺だって責任は果たしたよ。それに、だからこそ本人たちちょーしにのってるんだけど、先の算段もある程度たった、ということだろう。

悪いけど、この先ほんとの意味でこいつらの相手をしないようにしようと思う。本人たちは変わりようがないし、俺が変わることも止めようがない、ということだと思う。

わしゃあ自分の親にまでそういう良心を差し出すことができないし、意味がないことだ、って、今、きっちり思えてすっきりしてる。もうほんとに自分の良心を差し出したくない。この2~3年のプロセスはそういうプロセスだったような気がする。

前の前の彼女が怒ってたのはこういうことだった、で良いんじゃないか。

ようやく自分の人生を生きるようにしたい。わしゃあほんとは刹那的なやつなんじゃよ。

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