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2006年10月

2006年10月30日 (月)

業務連絡

秀サマ

やっぱり送れませんでした。なので、こちらに上げます。これも、バンドサウンドにすると、歌えなくなるかもしれないです。

「060708007rainy_blue.WAV」をダウンロード

※歌詞は仮のつもりです

※メロディーは、だいたい固まってると思います

この前も、ナマイキながら、意見させてもらいましたが、これがバラードだとは思いませんが、まちゃみんはバラード欲しい、っす。

「01_i_saw_her_standing_there.mp3」をダウンロード

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2006年10月29日 (日)

新聞

新聞というメディア、って微妙な位置だと思う。今まさに。まとまってないし、ところどころ、受け売りだけど、まちゃみんの身体、というフィルターを一度通したものとして、まとまったものとして、このタイミングで整理してみようと思う。

まちゃみんは、新聞は読まない。というか、世間一般の新聞って読まない。だけど、スポーツ新聞、というか、日刊スポーツは、もう、子供の頃からの愛読者だ。のっけから話がズレるけど。

数あるスポーツ新聞のなかで、日刊スポーツのクオリティが一歩抜けてると思う。いや、慣れ、の問題かもしれないけど、他紙は、踏み込みが一歩足りないよ。日刊スポーツの細やかさに慣れると他のスポーツ紙は非常に歯ごたえがないのだ。ほんとに、まちゃみんは、なんで、日刊スポーツ以外のスポーツ紙が、存在してるか、わからない位だ。ほんとに読めないよ、他のスポーツ紙は、日刊スポーツを読んじゃうと。なんていうのかなあ、日刊スポーツ読んでると、本題の記事を読んでて、じゃあ、こっちはどうなんだろう、っていう、こっち、が細やかにフォローしてあったりするんだよね。あと、他紙は、写真のキャプションがなくて、イラっとすることがある。日刊スポーツは確かキャプションは必ずあった、と思う。あと、日刊スポーツは、写真に、何人か載っていて、当事者以外の背中だけの人とかを、フォローしてる率が高いと思う。「捕手なんタラ」とか言って。あと、年齢の表示。こういうのって、慣れなのかもしれないけど、ない、と非常に、がっかりする。ということで、まちゃみんは、スポーツ新聞、というか、日刊スポーツ愛読者だ。まあ、日刊がなかったらスポニチだね。スポニチ位は許してあげよう。サンスポはほんとに、日刊スポーツを読んでると雑。ラグビーの記事が充実してるのだけが唯一の救い。ラーメン屋とかに入って、スポーツ新聞置いてあったりして、待ってる間の読み物として、置いてあってくれるのは、嬉しいんだけど、サンスポとかだったりすると、なんでやねん、って感じになる。ラーメン屋がスポーツ紙を置くなら、日刊スポーツにしてくれ。百歩譲って、スポニチ。

話はだいぶずれたけど、いわゆる全国紙。つまり、朝・毎・読に、産経と日経。社外広報担当になって2年位読んでた時期もあったけど、なんというか、読んでた、というか、眺めてた、って感じ。あ、もちろん自分で取ってたんじゃなくて、会社のやつね。でも、新聞なんて、大多数の人がそういう読み方、だと思う。読んでる、っていうか、眺めてる、というのがホントだと思う。

でも、そのころ、ってまだ、眺める意味があった、と思う。何か、ってわしゃあ、そうは思ってないけど、世の中的には、そう思ってるんだろうなあ、の、部分が読めたのよね。「国民は○○を期待している」とか、えぇ、オレも、その中に、入ってるの、という感じ、それはあったけど。でも、まだ、それは、誰なんだ、という、その、新聞が言うところの「国民」というのを代表してるんだろうなあ、っていうのはまだちょっとあったような気がするんだよね。ほんの2年位前の話だけど。

でも、安倍さんが首相になった時、久々に朝刊を読んだんだけど、なんというか、ものすごく、はぁ? って感じがしたんだよね。なんだろう、語り口調がさあ、あいもかわらず、国民、だったんだけど、それは、誰、ってほんとに思ったんだよね。オレが特殊だったとしても、大多数すらもそう思ってないんじゃないの、って感じがしたの。要するに、少なくとも、オレがそうでなかったとしたら、新聞が想定する「国民」にオレが入ってなくて、ジョンレノンが言う、「count me out」で、それはそれで良いんだけど、なんだろう、皮膚感覚として、ほかの人も、そう思ってなかったら、新聞、っていうもの、メディアだけが独自で、手前勝手な主張をしてたら、業界新聞にもなってないだろう、ってことなのよね。

前にも書いたけど、新聞ってつまりは、業界新聞なのよ。結局全国紙って、何を隠そう、日本という業界の業界紙であってね。で、その業界、それこそ、新聞が言ってる国民、って言ってるものに届いてない、というか。

業界新聞にでも、なってれば、それでも、レベルが高いとは言えないと思うけど、まちゃみんが、その中に入ってない、としても、「世間」は、こう思ってるんだ、って見方ができるはずなんだよね。つまり、わしゃあ、そう思ってないけど、日本、という総体では、だいたいこうなんだろうな、というのが。でも、この前の朝刊は、それにすらなってなかった、と思ったの。いや、だれも、そんなこと思ってないと思うよ、という。特殊、かもしれない、オレを除いても、誰もそんなこと思ってないような気がする、という。

逆に、新聞って、一昔前は、、ちゃんとそういう役割があったんじゃないか、って想像するの。想像する、っていうのは、オレ、今まで、新聞って正直言って読んだことないから。なんというか、国民、ということでくくっても良かった時代があたような気がするんだよね。みんなで決めましょう、って時が。みんなでこっちに行きましょう、って時が。

というより、時の為政者が積極的に、新聞を使ってたと思う。もちろん、新聞側も使われてた、というか。業界紙であり、広報誌であったと思う。新聞社自体もそういうことを自覚してたと思う。ちょっと前、なんかナベツネが急に露出してた印象があったけど、この人は、そういう文脈で、やってきた、という感じがした。当たり前のこととして。

それがずれてる。新聞が世の中からもずれてる、という。で、それは、まちゃみん思うところ、為政者が、もはや新聞をそういう使い方をしてないからだと思う。

めんどくさなくなったので、まちゃみんの気持ちの詳細を文字にするのはやめるけど、ほんとの意味で、密室で決まってるのは今だと思う。なんだろう、情報を新聞で流してみて、反応を探る、とか、もう、やってないと思う。だから逆に、すごく、新聞が薄い感じがするんだと思う。新聞は使われてなかったら、実は、その目的だったようなこともなくなってた、という。対立してる、っていうこと自体、それ自体が枠組みだったんだと思うけど、今、そこに新聞は入ってないんだと思う。相手にされなくなってきてると思う、新聞は。

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2006年10月20日 (金)

うぃーッ

まあまあ、今日は、誰に頼まれなくても飲むつもりだったけど。

まちゃみん、ってメシ食った方が気持ちよく飲める人で、で、そのための腹ごしらえ、として、まずは、本社の近くの、東京で、1、2を争ううまい、まちゃみんのラーメンランキングのなかで三吉についで、2番目としても、惜しくない、中原街道沿いの葉月、っちゅうラーメン屋に行ったわけだ。そしたら、ラーメン大好きシムラさんがいてさあ。オレ、この人となんで仲良くなったのかよくわからんけど、本社にいたとき、結構仲良くしてた人で、その人が、おれが葉月でラーメン食ってたら、ふら、っと入ってきたんだよね。

そんで、どーも、なんつって、ビール飲み始めたら色々なことが明らかになってくるんだな。オレ、ここで、うまいと思ってた、パスタのようなたまご麺の塩ラーメン、この人が、ネタを提供した、とか、ほんとかよ、とか思ったけど、この店のいっつも不機嫌そうにしてるマスターもそうだって言ってたからほんとらしい。あと、この店のおばちゃんに、わしゃあ、やっぱり、顔を覚えられてたらしい。異動してから、急に来なくなった、とか、ここ最近また来るようになった、とか、全部バレてる・・・・。知ってるならそう言ってよ・・・。まちゃみん、いっつも相当不機嫌そうにしてるからなあ。でも、今度生きにくいぞ。あと、厚木でのまちゃみんのラーメン評価もそんなにはずしてないことが判明。結構楽しかったなあ。しまいにゃ、前の職場で相当引き継ぎで悩まされた某女史もきたりさあ。ラーメン屋で相当飲んだ。ほんとに好きなのに、次から行きにくいぞ、オイ。

でも、やっぱり、こういう酒が一番楽しいよね。段取りしてある酒は好きくねえ。うん。今日は、楽しかった。おかげさまでたけるさんに調子に乗って電話しちゃったよ。はじめ相当めんどくさそうだったけど。でも、改めてベースの練習できて良かったぜ。おしまい。

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2006年10月18日 (水)

忘れてた

今日、朝、座った席のとなりのナオンが、前、本社にいた時、好きだったナオンでさあ。というか、これは、だいぶ本気の話なんだけど、好きだった、ということ自体をすっかり忘れてた。というか、仕事として、あの職場で、結局、俺って、常に自分を偽っていたから、まあ、まあ、自分の心の持ちようの問題なんだけど、イイ思い出がなくて、だから、逆に、隣りに座ったとき、すげえ、妙になれなれしいな、とか俺の方が思っちゃったんだよね。結局、昨日の日記じゃないけど、だれよりも俺自身がそういう人間なんだと思う。

で、まちゃみん、そういうところは、アイコの影響ですぐ気付いちゃうんだけど、左手の薬指に指輪が輝いているわけよ、当時はなかった指輪が。オレ、そこで思い出したのよね、あ、オレ、この人好きで、たまたまを装って、いっしょにメシ食いにいこうとかしてたわ、って。そんなこんなでいろいろ、あなただけよ、で、なんか出張行った、とか言ってはおいしそーなもんがあったから、いつもお世話になってるから、あなただけよ、でほんとに、ほかの人に気付かれないように、甘いもんをあげたり、とかしてたわ、と。なるほどね、と、わしゃあ忘れてたけど、まあまあポジティブな印象で、オレのことインプットされてたのかなあ、って。

そうそう彼女、あいかわらず、なんていうの、心地よい雰囲気でさあ。匂い、というかね。で、そうなんだけど、あんまり感じないんだよね、そのことに。これはもう、オレの方が変わったんだろう、と思ってさあ。あー、そうだった、って。

それにしても、やっぱり良かったのは仕事の話で、今日の歓迎会。まあまあ、嘘でも、オレの職場においては、2つのことを守ってくれ、と。ひとつは、約束は、必ず守れ、と、そして、あとひとつは、困ったら、相談しろ、と。オレ、泣きそうになったね。嘘でも、そういうところから初めてもらったのは嬉しい。前の職場、ある意味、アレ、な職場だっただけに。

何があってもへーきな顔をしてよう、と思う。オレ、がんばる。

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2006年10月16日 (月)

全然飲んでないのに酔った

いや、初日にして思った。やっぱり、営業所と本社、それぞれ、イイとこがあり、それぞれ、よくないところがある。ただし、厚木については、9割方人の問題だと思う。本社の「人」のノウハウをあの営業所に持ち込めば、ほんとに、充実した場所になると思う。返す返すも人の問題だ。まあ、随分後輩だけど、今日付け、で、いっしょに異動してきた後輩と、腹を割って話してみると、実は、同じ境遇だ、と。今日、聞いて、やっぱり、人の問題だ、という意識を強くした。

それにしても、ある意味複雑な関係だ。はじめちょっと当たりがきつくて、絶対ない、と思ってたけど、もしや、バレてる? と一瞬思ったけど、やっぱり違った。彼はともかく、彼女には迷惑をかけられない。とにかくおとなしくしてようと思う。

それにしても、はっきり言われた、英語できないとダメだぞ、って。つらそうだな、と思った。だけど、ここを跳ね返したい、と思う。一番になるつもりぐらいでやってちょうどイイんだよ、俺みたいなやつは。何があっても、あの場にいるときは、へーきな顔してようと思う。そういう意味では、あそこでイイ経験積んだじゃないか。

そして、代わりにあそこに行くひとには最大限のバックアップをしようと思う。そして、今いる人にも、最大限のバックアップをしようと思う。

また、明日飲み会だ。

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2006年10月15日 (日)

この「現実に戻ってきた」感なんだろう

昨日は、やっぱり相当疲れてたらしい。それでも、2時まで起きてたけど、朦朧とした意識が若干あるなかで、まったく身体が動かなくなって寝た。

10時には起きて厚木に行った。それでも、全然疲れがとれていない感だった。そうだ、よく考えたら、たしか木曜から、ろくに寝てないし、昨日は、バンドの練習もしてるけど、引越をしたのだった。昨日の昼間はとにかく機嫌が悪かった。

ケチのつけはじめは、カギの受け渡し。目黒まで行かなければならなかった。まったく計画した時間から遅れてしまった。そして、さんざん嫌味を言われてきた上司と部屋の引き渡し、ってことで、会わざるを得なかったこと、そして、引越業者。引越業者、出すときは、3人体制だった。若手がいた。でも、荷物の積み込みの時になったら、事前に連絡なしで、ナオンと、ほとんど動けない、じいさん2人になっていた。ナオンは、知らんぷりだし、爺さんの方は、日本語通じてないんじゃないか、ってくらい、会話が成り立たない。さっきいた若手の人はどうしたんですか、と聞いたら、ニコニコしながら、私は、藤原です、って、ほんとにこういう会話。禅問答か。結局、俺が全部たいへんなところをやることになった。そして、俺、完全にそのじいさんに対して、悪意を持っちゃっていて、そういう悪意を持っちゃった、って自分に対する嫌悪感がひどかった。だって、俺が、この人につらくあたらなくても、絶対、この人は、見るからにシアワセな人生送ってないもん。たぶん60近くて、ちびっこで、そしてちびっこなのにふらふらしてるし、子供のころにいた、なぜか、周囲をイライラさせていじめられちゃう、そういう子だったように見えた。それにくらべて、わしゃあ、中学生位の俺が見たら、お城のような家に住んでね。会社が何割かカネ出すとはいえね、イヤな気持ちになっていた。

で、今日、12時には、厚木に着いて、金曜、彼女と飲むために全部ぶんなげたものを一通り、片付けて、ラグビーのグランドに向かった。そこでもケチがついた。今回のは、完全に俺が悪いけど、運も悪すぎた。重なる時は、すべてが重なるもんだね。事前にネゴして、全部段取りしてあったのに、書類一枚FAX忘れてたので、警備のおっさんが入れさせられねえ、ってほとんど意地悪を言ってさあ。バカみたい。そりゃ、お前の仕事はそうなのかもしれないけど、あまりにもバカバカしい。この時期何度も会ってるだろうが。みんなに迷惑をかけた。無人のグランドを前にして、名古屋や、宇都宮から来てる子もいるなか、解散、ってことになりかねなかった。上からは、すごい無言のプレッシャーをかけられた。ここ最近、ラグビーではそこそこ盛り上げてきたような気になっていたけど、一気に吹き飛んだね。なんだろう、本社、っていうものの、イヤな部分を一気に思い出した気がした。なんだろうね、そう、本社って、こういう無言の競争社会だったよ、ってね。色々プレッシャーかけられるしさ。まあ、逆ギレなんだけど。だって、そもそもどんな言い訳をしても、俺がFAXを忘れたのが原因だからね。でも、俺、なんでこんなことになってるんだろう、ってヘコたれた。

帰り、1年前までは、自転車、バイクで何回も通った、中原街道でね、なんか、ああ、現実に戻ってきた、って何度も頭のなかで自分の言葉が鳴っていた。これが現実のような気がした。まったく厚木でのできごとはほんとに夢のような気がした。昨日までいたのは、夢だったような気分になっていた。あの最高の物件ももう今や入ったら、俺、どろぼーになっちゃうもの。不思議な感じがした。

彼女のこともきっと夢のように忘れるんだろうな。そして、ナオンの方はもっとそうだ。ナオンなんてそんなもんだ。次、会った時、平気でなれなれしくしないでよ、って言える人たちだ、あの人たちは。

メールアドレスももらったけど、送れないよな。っていうか、まず、俺がなんで、送んなきゃいけねーの、って気持ちだもん。ほんとに。さむー、って。いろいろ、次につながるネタフリをお互いにしてたけどね、こんな面白い本がある、家にあったら送るよ、とか言ってたけどね。

おれもう、32だぜ。

なんか、疲れてる。明日から新しい生活だっちゅうのに。なんか、病んでる。俺、がんばれるのかなあ。

部屋もなんとか片付けて、すがすがしい気持ちになるはずのとこだけどね。新しい住まいでさ、無理かな、と思ったけど、まんまといろんなとこに荷物を分散させて収納して、また、部屋んなかには布団とパソコンと机以外はないような状態にしたのにね。

飲みにいくがてら探検しようかと思ったけど、身体全体がつかれてるのと、足の裏が痛んで動けない。

ギターでもつま弾いて歌ってみるか?

っていうか、今、日本テレビに出てるの、伊藤かずえじゃね? ッ!!! ババアになってる?

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2006年10月14日 (土)

引越しだ

昨日、やっぱり、やっぱり、嬉しいできごとがあって、何も進められなかった。全部、そっちを優先しちゃったから。今から、ほんとにサクッとやろう。リミットは、もう、何時間、って世界になってるから。

やっぱり、俺も大人になったし、でも、彼女も、やっぱり、イイ娘で。昔は、やっぱり、ああいうぶりっこ、というか、八方美人、というか、っていうか、いまさらアレだけど、血液型でいっちゃえば、A型、っていうのに対して、どうしても、素直になれなかったけど、自分から、とても、心地よく、そういう状態でいれた。それでいいや、って。余計なこと考えず、その瞬間、こっちを見てくれてるんだったら、余計なことを考えず、そこだけを心地よい、って受け止めればいいじゃないか、って。

なんだろう、全部忘れる方向で、って考えてたけど、いくら、A型とはいえ、いくら、最終日で盛り上がってるとはいえ、ああいうふうにしてくれたら、そりゃあ、やっぱり、嬉しいに決まってる。もう、なるように、というか、気持ちのまま、そのとき、そのとき、やっぱり、気持ちが盛り上がったとおりに、素直に、転がしていきたい。それでいいんだよ、きっと。彼女を信じたい。素直に、感謝する部分は感謝すればいいじゃないか。

返す返すも昔は、そういうものが罪作りだ、っていろいろ余計なことを考えちゃって、受け止められなかったんだよね。お前、この場だけなんでしょう、と、だとしたら、それって、本人に逆に、結果的に負担を強いる結果になるでしょう、と。けど、あの1ヶ月くらいまえの日記のとおり、結局、彼女は、最後まで、手を離さなかった。まあ、ほんとにそういう性格の娘だったんだろうけど、とにかく、別の方法で、俺のカラを破ってくれたような気がする。ありがとう、という気持ち。

ってほんとに、早く荷造りしあげちゃうよ。

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2006年10月13日 (金)

また頼まれもしないのに飲んでる

この、頼まれないと、飲んじゃいけない、って感覚がまちゃみんにあるのはなんでだろう。なんでだろー、なんでだろー、って、そういえば、最近見ないね、テツ&トモ。タカ&トシはよく出てるけどね、ってもう、28時をヨユーで過ぎてますよ。っていうか、安永亜衣の方がよっぽど見ないぞ。プロゴルファー令子、って、漢字あってるかわかんねーけど。やっぱり、まちゃみん仕事ができないやつかもしれない。こんな時間まで、この隔離された事務所だから、ダラダラできるけど、これが、本社だったら、絶対、こんなん許されないぜ。というわけで、明日までだよ。この事務所で、ダラダラしてるのも。明日、行ったらすべて終わりだぜ、逃げ切りだぜ。時間切れ、引き分け、ってやつだ。

今日、言われちゃってさ、ちょっと、ヘコんでたけど、もう、夕方、っんなったら、なんでヘコんでたか、忘れてたくらいだもんね、さっき思い出したよ。そうそう、後ろ足で砂かけていくようなことするのかッ、って言われたんだよね。っていうかさあ、お前、今更、気付いたの、って感じよ。この気付いたの、ていうのは、お前、にかかってる。っていうかかけてる、つもり。わしゃあ、お前がしたことより、はるかに良心的に、お前と同じことしてるだけだぜ。あえて、説明はしてあげる気はないけど、そういうことなのだよ。それは、過去の自分に向けられた言葉だ、ということをよく噛みしめてほしい。

そして、仕事とは、全く別件で、まちゃみんは弱いヤツかもしれない、と思ったのであった。もう、今日は、やたら、クレージーケンバンドのセプテンバーにはまりまくっていたのであった。誰にも気付かず、自分でも気付かず、この世から消え去りたい、と思ったのであった。まさに、帰る電車がない時間に、ヨコスカ線に乗る、という心境なのであった。もう、わしゃあ、いつでも準備はできてるぜ。

って、明日、最後の大勝負を本牧でかまさないといけないので、寝ます。って、オレが客だったら、バカバカしくて相手にしてらんないぜ。それをあえて、お前らの前で、やってやろう、というんだから、まちゃみんも意外に役者やのう。さすがに、明日は、会社を休めないぜ、セプテンバーのようには。モロモロあって。グッドラック、まちゃみん。

こんなんでイイのかなあ、まちゃみん、勝手に酔ったイキオイとはいえ。

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2006年10月12日 (木)

恋人たちの予感を思い出した、やっぱりゲンキンかも

まちゃみんが、この世で一番好きな映画のひとつの、恋人たちの予感、のテーマだったんだけど、ナオンとオトコは友達という関係でいられるか、というのがある。まさにそんな状態かもしれないな、と、いや、ひとりよがりなのかもしれないけど、はっと思う瞬間がある、今ね。あの映画で、メグライアンと、ビリークリスタルは、イキオイでセックスしちゃうまでは、ほんとにすごーくイイ関係だった。でも、やっぱり、1回のその「こと」でそういうイイ関係が壊れちゃった。まあ、映画的には、それがきっかけでやっぱり、結婚ってことで、ハッピーエンドなんだけど。けど、実は、それぞれ、彼氏、彼女が居たときは、すごく合わないかったんだよね、それが、距離が縮まったのは、やっぱり、お互い、パートナーとうまくいってない、ってとこを共有してたからだもんね。だからやっぱり、それこそ、予感で、やっぱり、予感、ってものはあった、ということだろうと思うね。いあ、フィクションとしても、というかモノガタリ、としても、というか。予感があるからこそ、それが、具体的なものになるまで、っていうのは、イイ関係でいられるわけだ。

まちゃみん、今、すごく、落ち着いているのは、トモダチ、っていう関係っぽいかもしれん、と。そーだなー、と思った。思ったよ、思いましたよ、でも、でも、とか思ったけど、やっぱりちげーよ!! あくまで、ナオンはゲンキンなんじゃ。そして、まちゃみんだって、ゲンキンなんじゃ。だけど、これがトモダチっぽい、とも言うのかもしれない。

でも、さあ、でも、だよ、たとえば、トモダチとしてのナオン、と、パートナーとしてのナオンって、まちゃみんが求めるものは違うんではないか、と。だって、結局、まちゃみんは、パートナー的なナオンという関係をナオンと持ったことがないじゃないか、結局は。だから、わかんねえよ、と、パートナー的なナオンのなんたるか、が。

そういう時に、じゃあ、って出るのが、もっとも身近なサンプル、両親でね。こいつら、完全にパートナー的存在だと思うよ、お互いにね。だけどぅお、すんごくツマラナソウなんだよ、ショー時期言って。こいつら、なんか、世間体、ではないな、なんだろう、世の中的にそういう決まりだから、ってわしらを育てたような気がするんだよね。わしゃあ、正直言ってコイツら生きてて楽しいんかなあ、と思うときがある。いや、いっつも思ってた。こいつら、ほんとに、毎朝毎朝、起きて、仕事に行ったりとか、わしらにメシ食わせたり、とか、なんで、そういうことをしてんのかなあ、って、当事者たるオレが思ってたんだもの。意味ねー、って、その恩恵を受けてる、まさに、オレが。だって、だって、オレの方がもっとつまらなかったんだもの、生きてることが、あいつらといっしょに暮らしてた時。最近でこそ、この前の帰省で、オレのなかでは、縁を切らせてもらったので、今、生きてることがラッキーで楽しい、と思ってるけど、あいつらに扶養されてた時って、楽しかったか、と。だって、なんだろう、義務なんだもの、存在してる、ってことが。オレもそう思ってたけど、というかあいつらそう見えた。いっつも、なんでわしゃあ、今、ここで、生きてる、っていう状態になってるんだろう、と、思ってたもんよ。

ってこの前は、両親をダシにして、いたいけな娘を感動で泣かせたりしてたんだけどね。っていうか、恥ずかしながら、この前、あくまで、また聞き、というかまた読みだけど、日刊スポーツに出てたブラックマヨネーズの、名前を間違っちゃったことで疎遠になったおばあちゃんが死んだ、ってエピソードを読んだだけで、満員電車のなかで、泣いてたオトコだよ、わしゃあ。

いやあ、酔っぱらってる。しかし、ひとりで居て酒が飲みたくなって、そして、ほんとに飲んでしまう、とは。しかもなんでイッキ飲みとかしてるんだろう、頼まれてもないのに。こういうのが続くとアル中、っていうんだろうなあ。なんか、病んでねえか。もう、まちゃみんは、一方的に死ぬことに近づいてるイキモノになっている。

明日会社休んだら問題かなあ。やばいぞ、モノガタリ的に酔ってるぞ。あの、クレージーケンバンドのセプテンバーの世界を体現して、カッコイイみたいんはよくないぞ。

しかし、支離滅裂もいいとこだ、たぶん。これじゃあ、ナオンにモテないぞ、まちゃみん!!

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2006年10月11日 (水)

あ、そうそう

今日、また、仕事で絡まれてね。全く横やりもいいとこでね。もう、わしゃあ、いなくなる、っちゅうのにねえ。そんなにオレにかまって欲しいのかね。ま、それは、冗談で、でも、なんか、アピールしたくてしょうがないんだろうね、オレだけじゃなく、なんだろう、相手にされてない人だからね。だって、全く、関係ないところに、たぶん、本人は挑発する、つもりのメールを打ってきて、わしゃあ、挑発に乗るでもない、と思ってるけど、おかしいことをおかしい、ってだいぶ冷めた感じで言ってた。たぶんね。わしゃあ、相当冷めてた、と、やっぱり思うけどね。でも、たぶん、それが余計気にいらんかったんだろうね、さらに全く関係ない人も宛先に入れてメール送ってんのよね。もう、そもそもの話と実は全然違くなってるのよね。わしゃあ、あえて、指摘もしなかったけど。周囲のやつはどう思ってるんだろうね。まあ、ほんとに乗っちゃってるヤツもいるだろうね、よく考えると、全然つじつまがあってない理屈に。わしゃあ、もう、そういうのも含めて、おまいら、半径何メートルの世界でやってろ、って思ってるから、なおさら、そこには入っていかなかったけどね、結果的にもね。

いや、なんだろう、仕事はある範囲限定で、できる人なんだけど、ほんとにそれだけでね。だからこそ、ほんとにオレみたいな正直な人間はそういうことできないんだけど、上としては、その部分を、仕事として、動かすことを考えてるんだろうね。でも、実は、その代わり周囲が別の相当な代償も払ってるのよ、きっと。だから、ちょっと上には、お前らの問題だ、ってわかってんだろうな、って気持ちはある。こういうのは、上がきっちり本人に言ってあげないとダメだと思うけどね。まあ、オレがこういう言い方すると、負け惜しみっぽく聞こえるかもしれないけど。まあ、ひとりよがりかもしらんけど、このままだと、また、あそこの事務所はたいへんだと思う。人もどんどん辞めると思う。まるで、そうなった方がイイみたいな、やらしい言い方になっちゃうけど。

それはそれとして、やっぱり、この場があって、良かった、と思うのは、ほんとに、ここで言ってたとおり、半径何メートルかの世界で勝手に吠えてろ、ってことでね。なんだろね、もう、全く、反論しよう、という気にすらならなかったね。一瞬、怒りがこみ上げたけど、あっという間に忘れたね。ほんとに自分でもこれは、進歩だと思うよ。怒り、という、感情で、あっても、どんな感情であっても、やっぱり、それで、心乱れて、相手に関わることになったら、それこそ思うつぼだからね。そして、全く自分のためにならない。やっぱり、ちょっと前のオレだったら、この怒りをどうやって、相手にたたきつけようか、とか考えたと思うものね。やられたら、やりかえす、は、基本、っていう、それは、原点ではもってなきゃいけないと思うけど、最近、さらにその上にいけてるような気がする。

って、忘れてた、忘れてた、ってなんか書いてたら、ちょっとづつ、思い出して止まらんくなっちゃったよ。本件は、そういうわけでこれでおしまい。バカに関わってる暇はねえんじゃよ。

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2006年10月 9日 (月)

セルジオ・メンデス!!

マシュ・ケ・ナーダ マシュ・ケ・ナーダ

アーティスト:セルジオ・メンデス&ブラジル’66
販売元:ユニバーサルインターナショナル
発売日:2006/05/17
Amazon.co.jpで詳細を確認する

いやー、はまってる。何以来かは忘れたけど、はまってる、セルジオ・メンデス。略してセルメン。帯にもそう書いてあるから、略してもイイでしょう。家の近くの座間のジャズバーで、聴いたのがきっかけ。いつ行っても、客がいなくて、マスターとふたりっきりで、いっつも、音楽を聴かせてもらってるんだけど、ジャズを色々紹介されて、イイなあ、と、その場では思うけど、買おうと思うほどでもなかったんだよね、正直言って。オヤジ、ごめん。

でも、この前、鉄板焼きの店でイイとこないかね、って聞きに行ったとき、かけてくれたのが、セルメンでさあ。マシュ・ケ・ナーダ、っちゅうアルバムを聴かせてもらったんだけど、なんちゅうか、すごくイイのよね。もう、最初から引き込まれて、あっという間に、くすぐりつづけられて最後まで聴いちゃった。まあ、実際、短いんだろうけどね。1曲目が、アルバムタイトルにもなってる曲でね、CMでもよく使われてるから、たぶん、みな1度は聴いたことがあると思う。っていうか、あの使われてるあととかがほんとはすごくイイのよ。なんだろね、やるせなさ、っちゅうか、なんか、すごくセクシーだよね、伝わるかわからんけど。なんだろね、アレンジとか、実は、スゴイ、とか、ハモとかもすごくイイし、メロディーもイイとこついてるんだよね、きっと。1曲1曲がすごく短くて、すごく詰まってる感じがある。そういうところはビートルズっぽい。あと、あたりまえだけど、このリズム。リズム感。そして、繊細な押し引き。くすぐりつづけられてる感じ。このまちゃみんの感動を伝えたい感じよ。

結構ビートルズの曲もカバーしてるんだよね。そのマシュ・ケ・ナーダにもデイトリッパーが入ってるんだけどね。あと、リトルヘルプフロムマイフレンドとか、ノルウェーの森とか。フールオンザヒルもやっていて。まちゃみん、影響を受けて、今日フールオンザヒルをやってみた。でも、なんだか、全然、何ものでもなくなっちゃった。でも録ったから、聴いてみてちょ。

「061009_fool_on_the_hill_.MP3」をダウンロード

あと、今日は、ラグビーをやってきた。最近、自分で露骨に感じるほど、足が細くなってきてるし、タバコ吸いまくってるし、走れない、と思ってたけど、そんなでもなかったね。ランナーズハイ、っちゅうの、なんか、シアワセ感につつまれていた。また、明日からがんがろう、と思ったよ。

わしゃあ、人間を怖がりすぎだったよ。自分も他人も、怖がってる、というか、信じてないというか。いわゆる壁を作ってたね、必要以上に。なんか、イイ恋をできて良かった、と思う。彼女のおかげ、ってとこもあると思う。なんか、手を離さないでいてくれた感じがあるよね。そういう意味で感謝してる。ここ何年かのわだかまりが溶けた、と思う。彼女次第では、もしかすると危ういことになってしまうかもしれないけど、イイ意味で、距離を取っていこうと思う。恩を仇で返すことになっちゃう、と思う。これ以上は甘えちゃいけないと思う。逆にこういう考えがひとりよがりだったら嬉しい。あの娘ってやっぱり、知ってか、知らずか、正反対のことが、口をついて出たとき、深層心理が出てる、って時があると思うから。だから、油断しないようにしようと思う。

まだまだ、人生良くしていくわよ、まちゃみん。いよいよ、こっちの生活もあと4日。何があるかわからんけどね、その日、その日を全力で生きるしかないね。

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2006年10月 8日 (日)

大学のサークルの飲み会サボった

なんちゅうか、やっぱり行く気がしなかった。ちょっと自分に罪悪感だ。行かなかったからって、もっと有意義なことできたか、っていうと、単に寝てただけだし。それに、行く理由はいっぱいあったのに。行っといたら楽になることがあったのに。結婚式に誘われて、いっしょにアコギで歌ってくれ、って言われてるんだけど、わしゃあ、正直言って、嫌いなヤツなのよ。飲み会で会えば、いわゆるノミュニケーションってやつで、ほぐれることができたと思うけどね。

あと、基本的にアイツらには会いたくない、て人だったけど、最近の心境の変化として、なんだろう、人と会う、ってことは、嫌いな人も含めて、損になることって何一つない、って思ってるから。っていうか、なんちゅうか、苦手な人とほど、会った方が良いような気がする。今のわしゃあ、そういう年齢のような気がする。一方で、二律背反のこととして、昔は、オレがいないアイダに面白いこと起こってたら、死ぬほど悔しいだろうなあ、ってたぶん昔は思ってたけど、なんか、そういうのもないね。

夜中にかけて、引越の荷造りしよう。また、明日、ラグビーやんなきゃいけないし。

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2006年10月 7日 (土)

答えが出た

全然、乱れてない。なんだろ。良かった。良かった、ではないけど。冷静。今日は、若干豪華な鉄板焼きを食って、ますます距離は縮まった感じはした。なんだろう。とても素直に言い、そして素直に言ってくれた。なんだろう。合う、は合う、と思う。良かった、ってのはそれが確認できたことかもしれない。これまでは理屈で、良かった、って言ってた。ほんとにそう思ってかどうか自分でもわからなかった。今は、ほんとに自分でうそをつかず、そう思ってると思う。こういう経験というか、こういう人と話ができて良かった、と思う。やっぱり縁なんだと思う。おかげで気が楽なんだと思う。今を必死にやるしかない。今の自分を否定するのは、過去の自分も否定することだと。だから、もし、何かあったら、思い立ったが吉日なんだ、と。自分で言い聞かせるように言っていた。だから良かったと思う。自分に嘘はついてない。

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2006年10月 5日 (木)

シアワセ感があると書かないね

昼間は結構、アレ書こう、これ書こう、あったけどね。なんか、すっかり忘れてるね。シアワセ効果? まあ、素直にこの状態を受け入れよう、というか。変に、勘ぐるんじゃなくね。それこそ、彼女に言ったとおりで、縁であってね、説明になってないけど、縁があれば、縁があるんだし、縁がなければ縁がないんだし。だから、ある意味、思い切ったことをできる、と。負担にさせない、という自信はあるからだよ、って。ある面では寂しいくらい、冷静だね。

今日、メール投げてきた。さすがに答えは出ると思う。別に出なくても良いけどね、答え、ってほどのものが。これは、感性。今日は、そうしたい、って思ったから、そうした。後悔はない。昨日の朝は、あ、覚めた、とか思ってたんだからね。

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2006年10月 3日 (火)

懲りずにまた血液型の話かと、思ったら、まちゃみん的に「新境地」の話になっちゃった

うちの家系のオンナ、って思いつくところ、B型がやたら多いわけですよ。よく考えたら。両方のバアさんがB型だし、母親もB型だし、うちの母親は三姉妹の末っ子だけど、その上もB型だったと思う。そのB型のおばさんの娘、いわゆるいとこ、もB型だったと思う。俺の妹だけのような気がする、結構近いところで、B型じゃないのは。

いや、やっぱり、血液型は信憑性がない、っていうか、思い込みの世界だから、どうでもイイはずなんだけど、別のことを考えてたら、また、血液型のことを考えちゃってね。いや、もうどこまでいっても、やっぱり、何型はどうだ、とか、どーでもいいんだけど、どうしても、人間関係とか考えるときに、そうはいっても、血液型って、ひとつのファクターとして入れてしまうところがあるなあ、と思って。血液型から逃れられない。

っとね、結局、血液型を考えてる、っていうか、人間関係を考えてる、と。血液型はひとつの手がかりだ、と。とっかかりとして。こういう傾向があるんじゃないか、って出てきて、その傾向からの、材料をまずは拾ってみる。で、そうなんだけど、やっぱりなんか血液型、ってところに収斂しちゃう、と。まあ、でも、血液型以上に、容姿だとかの方を考えてると思う。それはあまりに明らかだから、言わないだけだと思う。目に見えない部分を考える、というのが、人間を考える、ということだから、血液型、って考えてしまうのかもしれない。

だって、容姿って、結局自分で見えないけれど、結局、みな「そう」振舞っているじゃないか。これは結局、自分オリエンテッドなのではない。自分の意思で服装を変えてるようだけど、実は、人から見られてる、ことがありき、で変えてる。ってことは、人の意思で服装を変えてる、ってことになりはしまいか、と、逆説的に。人からこう見られてる、ってことに対する、テーゼなわけだ、服装、って。容姿そのもがそんなに大きくいじれない、としたら。言いたいのは、自分オリエンテッドじゃない、ってことよ。自分の意思であって、自分の意思でない、というか。他人からの影響だと思う。だって、純粋には、自分では見えないものに影響されることができるないと思う。他人を通してはじめてみることができる。まあ、実際は見てるわけじゃないけど。他人が見ることによって、はじめて、自分も考えることができるものでしょう。依然として、存在しているはずだけど、他人がいなければ存在しないものでもあるわけだ、同時に。おかしいよね、存在してる、と、存在してない、が同時に成立しちゃってる。容姿に関しては、他人が見た印象を予想して実は返している、という関係だと思う。あるいは、自分が見た他人の印象を返そうとしている、という状態であって。いや、自分で言ってることが自分でもなんかよくわかってないけど。勢いで書いたらこんな感じ。
だからこそ、血液型は、もっと影響されるってことはなりはしまいか、一旦自分にインプットされたが最後。より直接的に、具体的に。と思う。だって、血液型って、実は、容姿なんかよりよっぽどあくまで、自分、というものにとってみれば具体的なものだもの。というか、純粋なもの、というか。だってA型だったら、どこまで言ってもA型なわけだ。それと比べて、容姿はどうか、っていうと、もちろん、服装も含めてだけど、やっぱり、それは、他人しか見れないものだ、完全には。鏡で見てる顔は鏡を見た瞬間に何割かマシになってると思う。良く、写真映りが悪い、とか言ってるけど、そんなことなくて、ブサイクはブサイクだと思う。自分で認めない、というか、そこはツゴーよく忘れ去ってる、というか。要するに血液型は、他人も自分も、何型か、ってことは純粋に共有してるけど、容姿、って実は、共有してない。極端なこと言えば、普通、自分の背中って見れないよ、びっくり人間じゃあるまいし。どんなにやわらかい背骨を持っていたとしても。だけど、血液型は、どこまで言っても、誰も彼もが、文句のつけようのない、A型だ、となったら、A型だ。いや、何が言いたいか、っていうと、概念としては、純粋なものが存在してるんじゃないか、と。具体的には、もちろん違うだろうけど。

だって、よく言うじゃん。欧米の人には、肩こりがない、と。それは、そもそも肩こり、という言葉、つまり、概念がないからだ、と。だから、肩こりを感じねえ、と。血液型も、結構、広まってると思うんだよね。そうだとすると、こういう逆の現象が起こっているんじゃないか、と。

つまりは、ほんとは「ない」もんだけど、やっぱり「ある」ことにしたから、実際に「ある」になっちゃった、というものが。ここで言ってるのは、「血液型」と「性格」が関連ある、っていうことね。その関連の「あり」や「なし」や、でね。無から有を作りだす、ってこういうことかもしれないよ。ということは、これって、永遠に循環するものじゃね? だって、そもそも「ない」んだったら、「ある」ってことにしようとする主体たる「ある」が、「ない」んだから、「ある」は生じようがないわけじゃん。でも「ある」わけでしょう、現実として。ね、これって、永遠に循環してるよね。

これはすごく平等だと思う。今回考えた中で出てきているのは、三者がいると思うんだけど、それらが全部平等だ、という。三者とは、つまり、「ある」と「ない」と、「『ある』ことにしようと思って、『ある』を生み出したけど、実はやっぱり『ない』んだけど、『ある』があるんだから、やっぱり、『ある』はずで、でも、そもそもは・・・というようなもの」だ。平等、という言葉がおかしいのであれば、相互に補完してる的、というか。だって、「ある」と「ない」だけって、普通そうかな、と思うけど、実はあり得ないと思う。「ある」と「ない」って全く2つは同じものであると思う。両者とも、考え方としては、正反対の、極端を言ってる、という点で。「ある」と「ない」だけだったら、それらをどう区別するのか。裏と表の関係ではない、となんか今の今は思っちゃった。言葉遊びのようだけど、だって「ある」と「ない」というのは、それが意味するところ、同時に存在できないでしょう。「ある」んだったら「ある」だけだし、「ない」んだったら「ない」だけ、じゃなくね? 「ある」も「ない」もどっちかを立てたらどっちかが立たたない、ってことにならなくね? だとすると、同じもの、ということは、1つということで、「ある」と「ない」に分かれようがないわけじゃん? 言いたいのは「ある」と「ない」は正反対のもの、分離してるものではなくて、同じものだ、と言いたいの。正反対だ、となった瞬間に、それは、正反対という形では存在できないような気がする。だけど、同じもの、と言った瞬間、じゃあ、それは、「ない」とも言えるし、「ある」とも言えるものになるんじゃないか、と思うわけよ。つまりは、「「ある」と「ない」」だけではものごとって成立しないんじゃないか、っていうことよ。いやいや、またまた自分で言ってることが自分でもなんかよくわかってないけど、勢いで書いたらこんな感じ。

ということで、これは、生命誕生のなぞに迫る大命題だ、ということがわかった。ここで言う「ある」はすなわち生命に置き換えられるッ! そして、「ない」は無機物、単なる物質だッ! そして、最後のものは、世の中では色々と言っているもので。丹波哲郎的には、大霊会、だね。今のこの瞬間のまちゃみん的には「意思」かもしれない。世のなかはやっぱりそういうふうにできているんだと思う。

「意思」ねえ。なんかイイ言葉かもしれない。

って考えると、まちゃみんは、これまで、全然まともに考えたことなかったけど、宗教って、置く場所がきっちりするよね。つまり、宗教、ってハナから存在意義がない、なんて言っちゃいけないもんだ、ってことが逆にわかる。少なくとも、「ない」はずが、「ある」ことにしたから、「ある」になってるけど、じゃあ、そもそも「ある」だったのか、というと「ない」で、でも現実には「ある」で・・・、っていう。これを「神」の仕業だ、って言いたい人はいるんだろうなあ。

こういうことって、言ってる人いるかなあ。きっと全然別の言葉でおんなじことを言ってる人、っていそうな感じがするけど、上のまちゃみんのように説明してくんなきゃまちゃみんはわかんないね。っていうか、それこそ、養老先生の本のとおりでバカの壁、っていうのかなあ、たとえば、一言一句同じ説明をしたとして、昨日の俺と今日の俺で、昨日の俺は、わからないかもしれないけど、今日の俺は、ほとんど瞬間的にわかってしまうかもしれないわけだ。きっとそういうものって本人の中にある。

なんか、すごーく大事なところが抜けてるような気がしてるけど、半分本気で、屁理屈こねちゃったぜ。

完全に、金曜のシアワセの躁状態の裏返りのバッドトリップ感丸出しだね。躁状態のあとで、精神がどっかいっちゃってるね。俺以外は最後まで読まんと思う。まちゃみん的にはこういうのが一番すきなんだけど。病院へ行って来い、って言われかねない、ほんとに、クスリをやってるかのような印象の文章だな。機会があったら金曜のことは、書くことにしよう。

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2006年10月 1日 (日)

ひさしぶりでアレですが、単なるグチです

金曜のシアワセな出来事で気持ちのイイ高揚感でこの土日を過ごしてたのが、一気に吹き飛ぶメールが届いてた、事務所に行って、メールを見たら。

若干の怒り、と、若干の脱力感と。あいも変わらず、どういう根拠か、自分のツゴーだけを一から十まで一方的に言うだけで、まったく顧みない、というか。正直、はじめは、心乱れて、怒り、だったけど、やっぱり脱力感でしかない。俺も仕組みがわかってきてるから、ちょっとづつ。俺自分の悪いとこと、そうじゃないとこがわかってきたから。ああ、からまれてるなあ、不可抗力だなあ、って思うだけ。ある意味もててるなあ、って。ほんとにしょーもない。

すごく、貧しいヤツラだ、って。ほんとに、コイツラの相手をしたくない、わしゃあ。ある程度、仕組みがわかってきた今、ほんとに良くわかる、こいつらの貧しさが。わしゃあやっぱり素直すぎたわけよ。きっちり相手してあげちゃった、ってことだよ。もう勝手にやってくれ。もう十分。きみらの知ってる半径何メートルかの世界でいつまでもごちょごちょやってろ。お前らが、いまさら、俺にどーのこーの、って言っても、俺が律儀に聞いてあげる義務はもうねーよ、と。いつまで、手前勝手な理屈をこねてるのよ? あらごめんなさいね、おっしゃるとおりでございます、でやり過ごそうと思う。もうすでに、お前らに、何言われても、一切気にならん。バカが吠えてる、ってだけで。バカどもが俺をどう評価しようが、俺の実際に全くどう関係があるんだ、っていう話だ。あなたが正しいと思ってたらそれでイイんじゃないですか、というだけだ。もうこれからは、いくら俺にアピールしてきても、話は聞いてあげられないな。関わりたくないのよ、ほんとの意味で。相手にしたくもないし、相手にしてもいないの、アピールしてきても。俺にとぁw)€チては全く無関係なことなの。波風たてないように、ほっとこうと思う。

もう、わしゃあ、あんたたちのバカバカしい世界の住人じゃなくなるのよ。お前らにとっては現実かもしれないけど、俺にとっては、はじめからバカにしか見えない世界であって。好きでやってるんだろうから、ずっとそこで、少なくとも俺は理解してあげることができない、どこまで言っても自分だけのツゴーをいつまでも、吠えててちょうだい。

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