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2007年1月19日 (金)

そこにいるのがあなたである意味はあるんですか?②

昨日の文章は、自分として、記録に残しておきたい、という強い、気持ちが、とりわけあって、書いた。で、そうなんだけど、なんちゅうか、最後には、阿ってきて、文章書いた後に、読みたい、と思ってもらえるタイトルはなんだ、と思って、つけたのが、「そこにいるのがあなたである意味はあるんですか?」だったのよね。要するに、あとからつけたんだよね。そしたら、タイトル自体は、なんちゅうか、良いタイトルになったと思うけど、タイトルと中身は、微妙に違うものになった、と思う。だいたい、そこに意味はない、っつって、投げっぱなしなんだけど、じゃあ、まちゃみん、今すぐ、自分で、死んじゃえ、とも思ってないし。

なんだけど、タイトル自体は、あとから考えると良いテーマだなあ、とか自分で思った。で、ほんとに、これをテーマに、思ってたことを書いてみてえ、と思った。結局、昨日書いたことの、ほんとの目的は、自分が最近、スッとした理由、というやつで、それは、記録できた、と思う。新しく場合に、その結論は、おぼろげに見えてる。そこにいる意味、っていうのは、本質的には、自分で獲得、というか、自分から、つかむもんじゃない、っちゅうのが、結論なんだよね。ひとことでいうと、他人からしかもらえないもの、なの。結果的には、もう、ウチダ先生が言っていることそのまんま、のような気がするけどね。けど、そう思ったの。で、それを自分のケースで整理してみたい、と思った。それは、また、改めて書きつけてみたいと思う。

で、昨日、書きつけてたことをまた、グダグダまとめてみたいと思うんだけど。それは、ここ最近、会社に行くこと、と、一回、会社、という場に行っちゃうと、帰るタイミングが、わからん、ってことが、強迫的に怖くて、すごくイヤな気持ちになっていたのが背景にあるのよね。いや、さっさと帰ればイイんだけど、それが、できなかった。だいたい、理由は明らかなはずなんだけど、でも、そのわかってる表面的な理屈だけではあいからず、なんか、恐怖感、不安感、イライラ感が解消できなかった、と。それが、ひっかかり、だって、いうものだと。

それが、解消できる、と思ったんだよね、あの、正月に読んだ、一連の本で。一連の本自体は、直接的には、何の関係もないんだけど。表面的な理由の下に、すごくチープな言い方だけど、深層心理ね、これがある、と。自分のここ最近のイライラ感も含めて、それは、何かの徴候だと。それは、ある、のに、片付いていない、それが、イライラになっている、と。この言い方は、ほとんど、自分としては、ウチダ先生をなぞってるんだけど。って、昨日、映画の構造の本の続きを読んでいたら、まったく、まちゃみん、ぱくったんじゃないか、というくらいに、当たり前なんだけど、ウチダ先生の本に、もっとエレガントにそのことが書かれててさ。なんか、不思議な感じだった。わしゃ、あれの数段下のレベルの文章になっちゃってんだけど、まちゃみんが言いたいことが、書かれてて、若干、恥ずかしいやら、脱力やら、なんだけど、なんか、まだ読んでなかったはずの文章が、これがまちゃみんの言いたいことだ、と思ったの。まちゃみん的に言えば、ある、ことに、物語りがないから、片付かなくて、イライラしている、と。要するに、もっと大きな枠組みのところで、理屈がついてねえ、と。だって、表面的な理屈としては、もう、明らかすぎるほど、明らか、だから。まちゃみんとしては。

まず、第一義としては、イライラするのは、そのイライラしてる、ってこともわかってねえ、と、だもんで、気づくとイライラしてる、ってとこから、入るのよね。まず、イライラしてる、ことを認識するところからなんだなあ。なんか、のんきな感じなんだけど。今回のケースで言えば、帰るタイミング云々のところで、理屈がついてるのに、やっぱり、片付いてない、と。

で、実は、そういう風になっちゃってるのは、気づかない、迂回路が、実は生じてるよ、と。それが深層心理。それが、米と日本の関係で、まちゃみんとしては、単に、狂牛病のときに、なんでも、アメリカの言いなりになっているけど、そんなの、日本は、アメリカの州なんだから、当たり前じゃん、という一番、わかりやすい、理解の仕方をなんでしないのかな、と。それが、すっかり解決してたの、ウチダ先生の本で。やっぱり、心ある人にとっては、それは、当たり前のことなんだ、と。だけど、そうだとは、しない、ってことも、なんというのだろうか、実は、知恵、だと。そこで、初めて、カタルシスが訪れたわけよね。わしゃあ、間違ってなかったけど、もっと、深い解釈、っていうのがあった、と。その辺は、今度、この正月読んだ本の感想をまとめて、一気に書きたい、と思っていて、そこで整理してみたいわけど、なんちゅうか、深層心理の結果なんだよね。

で、何事も、そんなもんだろ、と。まちゃみんも含めて。そうしちゃう、とか、ほんとのことだって、まあ、ストレートに言っちゃえば、自分にとって、都合の悪いことをグリグリ自分で認識しちゃう、と、そういう、ほんとのことに耐えられない、というある意味、いたいけな自己防衛の回路だ、と。でも、それを、くだらねえ、とか、バカだとかって、ひとことで片付けちゃうのは、野暮なんだね。なんちゅうか。それに、結局、それは、自分にも向かって、自分をバカと、ひとことで、済ませて、痛めつけちゃう、自分を尊重しないことになっちゃうだろ、と。

いや、まちゃみんは、自分では、きっちりと認識してるけど、この場では、言ってないキズのようなものも、思いつくだけで、ひとつあるし、それは、まちゃみんの精神、というか、考え、振る舞いに全く影響してるはずだからね。そういうことに気付いた、ということが、なんだかわからないものを怖い、と思う、状態から、脱することができる、ということにつながる、と思うんだよね。で、それを昨日は書いたわけなの。

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