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2007年1月18日 (木)

そこにいるのがあなたである意味はあるんですか?

ない、というのが結論なんだけどね、まずは。けど、そうだとすると、まちゃみんの弱気を解決できるな、と思ったのよ。まちゃみん、ようやく、精神的な安定を得るためのとば口に立ったような気がして、すごくすがすがしい。考えたのは、現状とか、自分の周りの世界、というか、自分の立場、というか、について。ちょっと、改めて書こうとすると不思議な感じがする。つまり、お前は何なんだ、と。意思を持った、存在としての意味すらないような気がしてくる。というか、意志、というのがある、というか、いや、意志、というのがあった、として、それが、意志、である必要はあるんだろうか、と。実は、自分で、自分だ、と言いはっているのは自分だけだ、と思う。

ぎっこんばっこんしてるけど、自分の周りの状況が、こうで、こうなってるな、と考えて、結局、そういうのを積み上げていくと、自分の意志、っちゅうものが、確かにあったとして、それだって、要は、意思自体もこの世界を構成するひとつの要素でしかないよ、と。ほんとに、冷静に、単に、ひとつの要素でしかないよ、と。常識的には、貴重だとか、かけがえがない、とか、言ってる、と思うけれども、それは建前だ、と思う。実は路傍の石と変わらない。世界を構成するひとつの要素、としては。みなワンノブゼムなのに、オンリーワンだって思ってる、思おうとしてるのは、本人だけだ、と思う。いや、正確な言い方じゃないな、みなオンリーワンだよ。でも、オンリーワンだとして、それが、その存在を担保するものにはならねーだろ、っちゅうことなの。そんなこと言ったら、路傍の石を含めて、この世のすべてのものがオンリーワンだ。これをまちゃみんのこととしてとらえると、わしゃあ、ここでこうして、まちゃみんとして生きてる意味あんのか、と。

あと、ひとつ。まちゃみんは、自分をまちゃみんである、と思っている。だけど、なぜ、まちゃみんは、自分をまちゃみんだと思っているのだろう。なんだろう、それはつまり、時代と場所、って言う条件の中で、存在が生じた、単なる結果だ、って感じがするのよね。こんなことを言ってるまちゃみん自体も。確かにわしゃあ、わし、だけど、それは、与えられたわたしだよ、って。状況的に出てきた私、って感じかなあ。前のこの話はこういうことがベースになってると思う。そんときは、そう言ってなかったけど、結局、こういうことが言いたかったのかもしれない。つまり、わしゃあ、わしゃなりの、自分で感じてるリアルな感情、ってもんも、もちろんあるけど、それだって、実は、自分ではなにひとつ主体的に選んじゃいない条件が前提になってるもんだろう、っちゅうことが伏流してるのだと思う。わかるかなあ、このモノイイ。

例えば、わしゃあ、百姓の親父の家系と、3代位前に遡ったら何してたかわかんねえ自営業の母親の家系の間で生まれた、と。わしゃあ、今、こうして、都会に出てきて、都会のシステムに全く組み込まれているわけだけど、そこに何が待ってたか、って話なの。うちの親父は、公務員だけど、全く、半分百姓だ。田植え、稲刈り、冬囲い、って、役所休みとってたもの。もう、マインドは、前時代そのもの。何時代だ、って感じだから、うちのじいさん、ばあさんは、ほんとに、昨日のことのように、先祖が信濃から来て、開墾した、ってそんな話だもの、半分ボケてるにしても、まじで。母親は、母親の方はもう、ぼんぼんでさあ。婆やがいた、っつってたもん。あの人を見てると、親がカネ持ってたんだろうな、と、もう、何ごとも浅はかな人でね。これくらい出しただけで、まちゃみん自体が、どういうベースなのか、って自分でわかった気がする。ああ、話が脱線しちゃった感じだけど、こういう出自であること自体を、まちゃみんは、能動的に、選んでないけど、それから、導かれている現実に対して、まちゃみんは、自分のこととして、生きてるよね、ってことよ。

つまり、そういう流れの中に乗ってるの、まちゃみんは、ある程度、というか、初期の段階では、まったくその条件を能動的に選ばずに。そう考えると、ちょっとは、楽になったんだけど、会社に行くのも。何かって、わしゃあ、ある程度、今まで、うちの家系にはなかった、流れを歩いてるんだろうな、と。だから、楽になったの。もちろん、ほかの人だって、そうだろ、とかそういうのは、抜きで。でも、実際は、大学の時のことを考えてごらんよ、と。実際、地方出身って、多いようで少なかったじゃん、って。さらには、俺のように、もう、親父が半分百姓って、実はあんまりいないんじゃないか、って。要するにわしゃあ、できんくたって、そんなに卑屈になるこたないよ、って。全然ノウハウが違うんだもの、出自から、背負ってるものの。善し悪しじゃなくて。一気に卑近な話になってるけど。

返す返すも、実は、自分だと思ってる、諸々の条件を積み上げていった時に、果たして、唯一かけがえのない自分自身、というのを担保するのものは、何なのだろうか、ということだ。ないでしょ、ってことだと思う。アナタがそういう考えとなる条件で、そもそも、アナタが能動的に選んだもの、ってあるんですか、って、何一つ、はないでしょ、って。じゃあ、あなたが、自分だって、言い張っている根拠、ってなんですか、と。そこから始めないといけない、というか、そこから、でないと始まらないものだと思う。今そこに存在している、自分を担保するのは、それは、周囲の条件であって、自分だと思ってる、意識すら、ほとんど、そういう条件が、必然的に導いたものによって構成されてる、ってことだと思うのだ。「唯一かけがえのない」自分も、実は、そこからでしか、考えることができない。ここは、大事だけど、まちゃみんの中で、今まで、物語り、になってなかったところだと思う。

身体すらも。

いや、身体、っちゅうものが、唯一絶対の自分じゃないか、って一瞬思った。でも、よく考えると、身体だって選べない。というか、身体は選べない。ってそういう言い方をすることすら変で、身体がないと、そもそも、こういうことを考える意識自体が生じない。つまり、まず、意思があって、その意思が、どの身体に入ろうか、って決めたんですか、と。そうじゃないよね、と。自分だ、って思ってる、その存在で、そもそも、自分というものが能動的に選べた、という起源となってるもの、って、やっぱり一切ないわけだよね。要するに、自分の意思だって、実は、身体の枠組みの中にある。身体も、そういう風に今、なっている、要素のひとつだ、ということでは変わらない。

あんまりにも究極的だけど、ほんとに、突き詰めていくと、そういうことになる、と思う。

これは、物語り、だと思ったのであった。これが重要だと思ったわけだ。やっぱり、路傍の石であるのよ、まちゃみん自身は。どこまで行っても。それが、わかりすぎてた、と思う。でも、それは、感覚としてわかってたんであって、理屈になってなかった。このギャップが、まちゃみんの弱気の原因だった、と思う。特別にならなきゃいけない、とか、思いたがったり、ということがナンセンスだって、わからなかった。で、どうして、そうなのか、それが、わかって、安心したわけよね、この正月。ああ、やっぱりそうなんだ、って要するに、路傍の石であることの根拠ね。別に、それが、わかったから、って、だから、まちゃみんが特別なものに変わるわけじゃない。でも、じゃあ、どうしようか、ってことを考えることはできるようになった、と思う。

なんだろう、なるようになってる、っていうかね。なんだかわからんもんにグダグダしてもしょうがない、と。悩んでる、のが、ほんとにわからんくて、悩んでる、という状態から、課題に変わった、っていうかね、デジタルな。悩み、ってそういう意味で言うと、解決の筋道が見えないものを悩み、というのかもしれない。だって、そうじゃなかったら、あとは、どっちだ、って判断するだけじゃん。

それが、物語り、であって。要するに、大事にして良い、ってことがわかったの、自分のなかで、感じるひっかかり、を。そこには、まだ、物語りにされてないものがある、っていうサインなんだ、ってわかった。そう、とだけ、とらえていれば良い、って。だけど、物語り、として認識していないだけだ。だから、物語りをあとからでもイイから、見つければイイ。ひっかかり、を不安とか、できてないこと、として、現状のこと、という枠組みでとらえて、弱気になったりしてはいけない。ひっかかり、ってウチダ先生が使ってた言葉を拝借してるわけだけど。ひっかかりを感じることはまさに正しい、し、そして、それは、身体が気づいている、っていう、ありがたいことなんだよ、と。そして、一方で、それを、そこだけを取り出して、現状の問題、つまり、悩みとか、不安、ということで扱ってはいけない。もう、しないけど。つまり、できてない、ことにだって、理由がある。逆になるようにしかなっていない、のに、その結果だけを取り出して、つまり、現状、だけをグダグダ考えるのは、全くナンセンス、ということだ。過去からの積み重ねで、できてるわけがないものは、できてないんだよね。へんな言い方だけど。だもんで、そう考えてれば、もう、弱気になったりすることはないだろうな、って思ったのよね。それが、すっきりした理由よ。

実は、物語り、って深層心理に意味を与えることだと思ったの。この正月に読んだ、・喪男の哲学史 本田透 ・私家版ユダヤ文化論 内田樹 ・9条どうでしょう 内田樹ほか の3冊は最高だった。さっき言ってた、ひっかかりの世の中、に対するところが、きれいに解決したの。それぞれあるんだけど、例えばここで、言っていた、何ごともすぱっと、解決できる考えの、日本は、アメリカの州なんだ、っちゅう考えを世の中は取らないのかよ、とか、そういう、まちゃみんのもどかしさが綺麗に解決したのよね。いや、これ、なんちゅうか、みんなに言いたいね。ということで、あとで、余裕があったら、これを含めて、結局、この正月10冊近く本を大人買いして、読んでるので、感想書いてみよう。

最終的には、なんか、とりとめのない、感じになってるけど。まちゃみんは、今日の話って、すげえよくわかる。っていうことで、まちゃみん、ってすごい。だって、まちゃみんが一番わかる、こういうイイ話ができるから。うーん、実に、今日の話は充実した話であった。まちゃみん最高。

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