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2007年3月

2007年3月31日 (土)

明日はほんとに楽しみなの

明日はほんとに楽しみなの、久しぶりに。プロのギタリスト擁するプライベートのスリーピースバンドと対バン。スリーピースという意味では真っ向勝負。でも、なんちゅうの、技術的には、たぶん較ぶるべくない、間違いなく。それ以外も音大出身だってさ。音楽のための大学だよ? メンバーは怒るかもしれないけど、我々は偉大なるイロモノとして、堂々とやりきることかと思う。とにかく、相手は関係なく、楽しくやることかと思う。変な色気をださないことだね。

で、今日、帰ってきてから結構、気合い入れて個人練習した。我々、普通、ライブの当日って、スタジオ入ってから、臨むんだけど、明日は、スタジオにも入んないので。個人練習なんだけど、MICRO BRにこの前のライブの音源を入れて、同時に、ベースを突っ込んでやれば、なかなかイイ音で練習できることを発見し、自分としてもノリノリだった。

今週は、仕事も、昨日から、なんとか、乗り切って、この土曜にたどりつこう、と、ある意味、とにかく必死にのらりくらりとやりきった。結果、若干、自分自体の不甲斐なさを感じずにはいられないけど、コーディネーターとしては、まずまず、の状態には持って来れたと思う。来週、一気に、顧客先を回って、そんで、結果が出るだろう。あ、そうだ、もう4月にもなるんだなあ。人も来る。

そして、あのインスパイアドバイ スティービーワンダーの曲は、やっぱり、歌詞をきっちり考えて、MICRO BRである程度、アレンジも考えて録りたくなってる。ライブを早く片付けてそっちもやりたい。

そう言えば、爆弾爆弾って言ってたなあ。まあ、だいたい想像つくけど。そう、この前、日記読み返したのは、それの対策、ってのもあったからね。昨日の日記じゃないけど、何ごとも踏み出してみようよ。いつ死んでもいいように。まじだぜ。

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2007年3月30日 (金)

後からわかることが多すぎる

今週は1週間が長い。

踏み出した一足が道になる、ってそうかもしれない。もうこれからは、迷ったら踏み出してみようよ。やりながら、理解する、ということをめざそうよ。朝普通に起きたって夕方には、この世を去るかもかもしれないことを前提にしようよ。

最近ほんとに思うのは、嬉しいことは悲しいかな永遠に続かないし、同時に悲しいことつらいことだって嬉しいことに永遠に続かないってことだ。相手が変われば自分も変わる。自分が変われば相手も変わる。相手に求めすぎるのは傲慢、怠慢な姿勢ってもんだ。結局、それは自分に返ってくる。未来に賭ける、ってまちゃみんのようなネイティブなネガティブ人間にはあってイイ姿勢だと思う。

ちょっと後悔してる? っていうか、それこそ今後のいたし方による、と思おう。何度も言うけど、瞬間瞬間、最善のいたし方はしてるはずじゃん。過去の自分を否定することは今の自分を否定することだ。

完全にナオンとの付き合い方のことです。

ちょっと見ない間にすごく円やかになってたあの娘をみてそう思った。

最近、英語の勉強と称して、また、恋人たちの予感ばっかり見てる。そういえばブルーノカービィ、2、3年位前に亡くなったらしい。合掌。やっぱりいろんなもはすごく儚い。

この気持ちってボッサだな。次、曲作る機会があったら、ボッサに挑戦してみよう。

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2007年3月29日 (木)

疲れるパターン

昨日はちょっとだけ仕事したような気がする。

24時近くまで会社にいた、久しぶりに。あっと言う間にもう明日、木曜日だもんねえ。

昨日、火曜日は、色々重なったこともあって、疲れるパターンの仕事になった。けど、取りこぼしなく乗り切れた、と思う。そういう点ではすごく充実感がある。

月曜の夜は寝れなかった。正確に言えば夜中に目が覚めて、6時近くまで眠れなかった。だもんで朝からつらくて、火曜は早く帰ってきて、さっさと寝るつもりだった。ところが、昨日は、前任者がやり残しの仕事が、今日までです、とかって、ザクザク降ってきた。全然ファイティングポーズ取ってないところでさあ、やっぱり、2割増し位で疲れるのよね。昼飯食えずに客先に打ち合わせに言ったら、若干だまし討ちっていうか、客先でしか、決めらんないことを目の前で、どうしましょう、って繰り広げられて、30分で終わるとこが3時間近くになり、帰ってきたら、今度は、全くまちゃみんの仕事なんだけど、見積もりを出さなきゃいけないのが出てきて、そんで、それを外人にも回さなきゃいけない、っちゅうことで、日本人の偉い人が日本語でしか返さないから、インターネットで調べながら英訳して、外人に送り、夕飯も食えず、あと、ここにきて、コストダウンの話が出てきたから、事業部にごめんなさいの仁義を切って、ってやってたら、24時近かった。ようするに、思ってもみなかった仕事がファイティングポーズ取ってないとこで、次から次で降ってきて、メシも食えない、早く帰ろう、と思ってたのがずるずる延びていった、ということで、こういうのって一番疲れるパターンでね。

それにしても、今の上司はすげえ。なんちゅうか、すげえよ。感謝してます。なんかねえ、やっぱり思うのは、社内という周囲を巻き込めない、信頼されない、ような人間が、もっと遠い、しかも、真っ向から利害がかち合っちゃう場合も多い客を巻き込めるんだろうか、ということだよね。わしゃあ、今のとこは、そういう意味ではすごくやりがいがある。信頼してもらいたい、ってストレートに思えるから。そして、信頼してくれるとすれば、絶対裏切れない、と思えるから。前なんかは、いつでも辞めてやる、って思ってたからね。それって疲れるよ、やっぱり。どーせだったら、やっぱり、仕事、というか、人に純粋に溶けあっていたいもんだと思うよ、正直なところ。

今、よくわかるよ、前の部署の仕事の仕方がなんでいけなかったか。なんか、腹立ってきた。ああいう上が好き嫌いで仕事するのはありえないよ、やっぱり。違うんだよ、上のディレクションする立場の人間だからこそ、その点につき自覚的であるべきだ。芸術作品じゃないんだよ? むしろ上だから、好き嫌いできる、ってありえないだろ。集団としての力をどう引き出すか、ってのが役割だろうが。だから焼き畑になってんだろうが。ほっとけば個々人なんてそうなるもんだって。だからこそ、組織としてどうアウトプットだすか、って、ディレクションだろう、って。ところがぎっちょん、自らが最も好き嫌いを出して、ほかにそのためのコストを請け負わせる、という。そういう手法ってどうなんだ。あー、腹立たしい。関わりたくないね、今さら。

やっぱり、人を動かすことって重要だ。要するに人間のやることって、実は、それがベストの方法だからそれを今もやってるんじゃない。ほんとは慣れがありきなの、きっと。ほんとは慣れ、ありきなのに、慣れたことと、ベスト、ということを混同しちゃうの。だから、変える、変わる、ってことに抵抗するの。要するになにか変えよう、って時に、色々小理屈をこねるヤツがいるけど、ほんとはなんにも考えてなくて、単に慣れたことから離れたくないだけなの。そういうやつに限って、いざ実際変わって、それに慣れちゃうと、今度は元の方法に戻そう、って時に抵抗するの。あそこは一回壊した方が良い。

今日はとりわけ、ハジケてた。要するに、知らん顔できる、っていうか、場面によってはしなきゃいけないんだけど、そういう、わしゃあ関係ないのに持ち込まれた話をバカ正直に対応してた。その部署の仕事もやってた。微妙なとこだなあ。こういうのって他人の目、ひとさまにどう映るか、っていうのが重要だから。まちゃみんがイライラしてくるパターンって、そういうとこなんだよなあ、きっと。まちゃみんだってわかってるんだよ。多面的な見方がある、って。わかったうえで、やむにやまれず、ある選択をしてるわけだよ。今回で言えば、まったく、組織上で言えば、関係のない仕事をやる、ってことだ。たとえ、大がかりな案件じゃないにしてもね。それを、一面的な切り取り方でグダグダ言うやつがいる。要するにトランプのババ抜きだ。まちゃみんはババが回ってきた時に、黙って、ババを人に持ってってもらう、ってできねえんだよ。だってそういう理不尽が単に別の人に移植されるだけの話だよ。

うーん、でも、まあ、まちゃみんに対して言うとすれば、そこまで言うんだったら、そういうリスクすらちゃんと背負ってやれ、ともいうかもしれない。

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2007年3月27日 (火)

パクリ、ってなんだろう

あいや、それにしても、昨日、今日と、なんか、気持ち的にサボってしまった。だらっとしてる。

一昨日の日記の、時間は平等、ということで言いたかったのは、まちゃみんは、若い、という時期を、存分に謳歌させてもらったでしょ、すでに、ってことだ。老いる、ってことは、生命である以上、オトナになった全ての個体に訪れること。最近、手の甲に光がなくなったことに気付いて愕然とした。昨日、久しぶりに、自分の日記を読み返して、当時の自分は、やっぱり、それでも、若いし、ラグビー部の飲み会で、無邪気に彼女の話をしてる子なんかを見てると、やっぱり、若い、ってことを感じる。でも、本人は若い、という時期にいる、ってことってなかなか自覚しにくい。というか、ホントウの意味でわかることなんか、不可能だろう。なんちゅうかねえ、物理的に。

土曜日、5、6年位前の、26,7のころの日記を読んで、愕然としたの。なんだろう、当時のまちゃみんが言いたいことは、わかる。それはもうすごくわかる。自分で忘れてるけど、読めば思い出す。でも、これが重要なんだけど、なんちゅうか、体感できなくなってる感じなの。シンクロできない、というか。他人が書いたものを読んでるように感じるの。過去の自分に対して、今の自分はちょっとした距離感を感じてる。わずか5,6年前のことなのに。ちょっと怖い、というか、びっくりしてる、というか。老いてるのが。

青空人生相談所 青空人生相談所

著者:橋本 治
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ぜんぜん別の話だjけど、正月に買って、ちょっとしか読んでなかった、橋本治の人生相談の本を、今、読んでる。「青空人生相談所」。面白い。これが書かれた時期、ってあとできっちり調べたいけど、まちゃみん好きな、おネエキャラの系譜、って、実は、ここが元祖なんじゃないか、って直感してる。まちゃみん、結構、酔っぱらって、おネエキャラをやっちゃうのは、この橋本治を元祖として、珍遊記のげんじょうに続く、という正統ラインの系譜に連なってる、という自負があるからなんじゃないだろうか。たぶんねえ、あの、美輪明宏とか、おすぎとかは、傍流だね。保守本流のおネエキャラは、橋本治、珍遊記のげんじょうラインと見た。

で、橋本治の本なんだけど、とにかく、面白いか、ってことがまず、第一の基準なの、たぶん。相談の内容、っていうか、しゃべってる橋本治自体がおもしろいこと言ってるかどうか、ってのが基準なの。もう相談者が真っ二つにされちゃっててね。ちょっとかわいそうなくらい。ようするに、橋本治自体がオカマです、という、屈折した、まず自分自身がツッコミどころ満載なところで棚の上に乗っちゃってるでしょ、っていうのが、基本的なスタンスのような気がする。なんとなったら、オカマよ、と、言い切れる立ち位置、要するに、オカマの言うことなんだから、まともに聞かなきゃいいじゃん、という立ち位置が、より、攻撃性に拍車をかけてるように見える。

時代背景がわからんけど、ちょっと、不真面目に見えないこともなくはない、まちゃみんとしては。基本的には、真面目な受け答えなのが、逆に不誠実に見えないこともない。ブサイクのことをめった斬りにしてるところなんか、実は、自分に向けられてる気がする。そういうとこが正直じゃないような気がしてる。まだ最後まで読んでないけど、テクニックとして、ちょっとは、自分のことだって、ひとことがあれば、ぐっと親近感がまた、増す、と思う。だって、きっとわかりようがないじゃないか、本人は。まちゃみんは、32だからわかるけど、25だったらアヤシイと思う。

そして、はっきり言ってまちゃみんは、いくら時代がかってる、っつったって、ナオン、ってそこまで、大事にされるべきもんなんかなあ、って感じがする時がある。なんか、持ち上げすぎだよ、と思う。たいていの場合は。だけど、働くこと、仕事、ってことに関する回答は、もう、全く同感以外のなにものでもない。何にも言うことありません。仕事ができない若手は、怒られろ、と、そして、だけど、顔に出さずに、心の中で手を合わせろ、と。ほんとにその通りだと思う。ようするに、恋愛の話のところはまちゃみんはわからん、ってことみたい。オカマの感性なのかもね。オカマが思い描くナオン像からの発想なのかもしれない。で、恋愛のところは正直言って、なんか、共感できない、というか。

はあ、タイトルで書きたかった、パクリのことは一切書けなかった。で、全然、自分としても、翌日読んで意味がわからないかもしれない内容。また今度。

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2007年3月25日 (日)

一曲ほぼ完成、別の曲が!! パクリ?!

「070324_pakuri_r09_0062.MP3」をダウンロード

タイトル:「愛してる」って言うためだけに電話したYO!(仮題)
曲   : macharming
原詞  : stevie wonder

いや、ここで、歌詞まで、作って、バラード作る、って言ってたんだけど、その曲の前に、1曲できたので、載せちゃう。

っちゅうか、昨日、多摩川からの帰り道、急にぱっと、新企画を思いついちゃったんだよね、ちょうど、スティービーワンダーのI just called to say I love you がかかっててさあ。まちゃみん、自前で、歌詞作ったけど、まちゃみんが作んなくても、世界観、って、人が作ったやつあるじゃん、と。いや、実は、まちゃみんが作った歌詞のやつも、曲つけたんだけど、たぶんバンドではやれない。コード進行とか、狙いすぎになっちゃった、結果的に。なんか、ユアソングみたいんなった。バンド向きじゃない。

要するに英語の歌詞を日本語に訳して、それに、別のメロディーをつけたら、それって、もう、ほとんど、新しい曲になるんじゃないだろうか、って。そして、それは、パクリ、とは、言いづらい、ものになるんではないか、と。ということで、できたよ、今日、昼間を目一杯使って作った。いちおうバンド用。どっちにしても、歌詞はあとで変えてもいいや。そうとう、無理矢理だし。けど、この世界観結構イイよ。やるじゃないか、スティービーワンダー。てへ。

この曲Aメロとか、って真面目に意味考えたことなかったけど、実は、歌詞的には、Aメロが、あのサビの「I just called to say I love you~」のところを盛り上げてるわけよ。っていうか、強めてる、っていうか。要するに、Aメロのところは、延々と、普通の、ありきたりの日常を描写してんのよね。それこそ延々と。で、サビんとこで、その普通の延長で、普通に、単に、「I love you」と言うためだけに電話した、という。

要するに、ひとことも「あなただけよ」とか、って言ってなくて、単に電話しただけなんだけど、それが、単に、3つの単語です、I love you、です、と。何よりも、そういう気持ちが溢れてるのよね。あー、イイ曲だなあ。まちゃみんにも人間らしい感情が残ってたらしいYO!

ということで、めんどくさかったので、サビ以外のとこは自分で訳してないけど、和訳の歌詞カードを見て、それにメロディーをつけてみた。それにしても、これってパクリって言って、積極的に怒られるかなあ。和訳の歌詞カードだから、まんまパクリだけど、これ、まちゃみん自身が訳したら、また、もうちょっと違うものになると思うし。ということで、この曲の作り方は、業界に一石を投じるな! てへ。

ところで、今、大相撲、白鵬、優勝決定。すごい筋書きだなあ。すごく、トンデモ、な見方をすると、こういう勝負の決定の仕方をして、あえて、八百長じゃない、ってことをアピールした、みたいに見えなくもない。八百長だって騒いでたやつも、これじゃ、何も言えないだろ、って。これこそ、100%勝負のみにこだわった結果だもの、ああいう勝負の着き方って。でも、実際そうすると面白くない、という。

いや、簡単に経緯を説明すると、今日の千秋楽を朝青龍と白鵬で12勝2敗で迎えた。で、今日は、直接の取り組みはないわけよ、昨日すでに、直接対決があって、白鵬が負けたわけで。で、今日、白鵬は勝って、13勝2敗で、朝青龍、千代大海の取り組みを迎えたんだけど、朝青龍は、立ち会いで変わって、あっさりと勝負が決まっちゃった。見てる側としては、面白くない。勝ちは勝ちだけどなあ、という。とにかく、朝青龍も13勝2敗となり、白鵬との優勝決定戦となった。で、その決定戦、今度は、白鵬が立ち会い変わって、あっさり勝負が決まった、という。要するに、朝青龍が、結びの一番でやったの同じ、せこい手で、今度は、白鵬が朝青龍に勝った、という。

勝負にこだわるとこうなるのかもしれないけど、結果的に、すごく面白くない、内容、になった、という。だから、適当に八百長もあった方が面白いよ、という。すごいメッセージだなあ、大相撲協会。

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2007年3月24日 (土)

ガオカ

ラグビー部の送迎会。あんまり敬意が払われてないなあ、と思ったけど、それもまた良し。無事これ名馬、とも言う。あいつらをそれなりにサポートしたい、と思う。もうちょっとやりようがあった、とか、もうちょっとプラスで終えれた、とか、今はもう考えなくてイイと思う。よく考えれば、ヘタは打ってないし、決して、マイナスで終わってない、ということでいいんじゃないか。ある意味、そういう力の入れ加減しか、やっぱりしてなかった、ということだろう、と思う。これ以上、リターンを求めるのはムシがイイ、ってもんだ。

自由が丘から歩いて帰ってきた。ちょうど1時間くらい。川沿いに。そういえば、この道、って結構ナオンと歩いたじゃないか、って思い出した。桜の時期だったり、冬だったり。そう、3人のナオンと歩いてる。まちゃみん、やっぱり、自分に責任があった、と思った。まちゃみんのようなブサイクが、それでも、3人のナオンとそこそこ深い関係だった、にも関わらず、今、こうだ、ということについて、やっぱり、まちゃみん自身に原因がある。性欲がなくて、ナオンが全然綺麗に見えない今、やっぱり、冷静にそう思う。世の中のせいにしたり、とかは、お門違いもはなはだしいよ、ほんとに。

帰り道、すんげえ、喉の調子が良くて、そういうことを思い出しながら、ずっと歌って帰ってきた。ほとんど、キモイ、人だね。でも、人もほとんど歩いていないし。レイチャールズのオーバーザレインボウ、サッチモのハローブラザー、セルメンのコンスタントレイン、シナモンアンドクローブ、ウェーブ、ジャミロクワイのキャンドヒート。なんかまちゃみんバラードを作ろうとしてたけど、こういう音楽がすでにあるんだから、まちゃみんごときが作る必要ない気がしてきた。

時間は平等だ。むしろ、まちゃみんなんか、それこそ、五体満足でグダグダ言うのは、やっぱり、思い上がってるよ。もう、まちゃみんは返す側だと思う。

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2007年3月20日 (火)

結果オーライ

別に結果オーライと言ってイイんじゃないか、今日の結果は。まあ、今日の午前中の、自分自身の仕事の手のつかない感から考えるに、やっぱり、昨日のバカバカしい歌詞、も、現実からの逃避、と言えるくらい、やっぱり、会社に行ったら、実は、落ち着かなかったからね。なんちゅうか、やっぱり、いろんなことをぶっ飛ばしてるよ、仕事上のことを。うーん、でも、そうでもないかな。それは、やっぱり自分で話をドラマチックにしすぎかな。それでも、まあ、とにかく、今日は、色んなことが重なった日、というのは間違いないだろうな。

まあ、今日の出来事は、やっぱり冒頭の通り、結果オーライ、でとらえておこう。逆に、これは早く忘れない、といけない。結果オーライにすぎないんであって、実力では一切ないんだ、ということ。ひとつ、冷静に分析するとすれば、姿勢。これに尽きる。姿勢、っていうのは、だからこそ、結果のことは言ってない。要するに、今日と同じ姿勢で臨んで、たとえ、悪い結果であったとしても、こういう姿勢自体を、だから、ダメ、って、安易な方に行っちゃいけない、ということ。

ずっと、まちゃみん自身しかわからない感じで進んでるけど。今日は、アメリカから外人が来た。正確に言えば、中国に行って、日本に来て、すぐ東北に行って、今日の朝、東北から移動してきた。なんちゅうか、わしゃあ、年下だから、ってお前やれや、みたいになってた、先週の金曜から。準備が不十分、というのがまちゃみん、の印象。まちゃみんは、だけど、絶対、外人をそんな状態で迎えたくなかった。だって、外人自身には罪はないよ。3月の頭から、色々、言ってたんだよね、そんな状態で来るか、って。何が言いたいか、ってちょっと、やっぱり、ネガティブにとらえがちだろ、ってことでね。でも、そんで、昨日からだけど、まちゃみんで、できる範囲のことはやった。ただただ、外人自体には、罪はないだろ、ってことであって。

結果は、「He has a very good personality.」って、これに尽きる。で、だもんで、まちゃみんの、ウェルカムの姿勢がすごく活きたみたい。いや、実際、すごく、ほんとにgood guyだった。やっぱり、こういうのは、世界共通。人種や洋の東西を問わないよ、たぶん。たとえ、場所は、アメリカにあるとしても、いっしょに働きたいやつ、ってこういうやつだろ、って思う。まあ、これは、勝手に過ぎる解釈だけど、ユーゴで生まれて、フランスで、過ごして、そんで、思春期まっただ中で、アメリカに行って、という、色んな文化に不可抗力で触れてる、っていうのは、やっぱり、醸成されるのよ、何かが、きっと。いや、良かった。だからこそ、姿勢、を言いたい。べつにまちゃみんは、good guyが来るからとか、そうでない、とか、考えてなかったし、考えちゃいけないよ、ってことであって。単に一個の人間としてね、どういう姿勢で、客人を迎えるか、という、姿勢の問題なの、あくまで。たとえ、社内の人間であっても。

だから、今日のは、結果オーライでとらえておこうと思うの。悪いヤツだったら、てきとーにやってこそ、結果オーライだったかもしれないけど、それは、そもそも間違ってる、って言いたいの。たまには、こういうことがあってもイイじゃん、っていう意味での結果オーライなの。結局は、姿勢、の話。やっぱり、英語はやんなきゃいけない、って思った。ほんとに一歩間違えば、単に、impoliteだと思うもの、まちゃみんのあの迫り方、って。イイひとだったので、色々拾ってくれた。で、周りも評価してくれた。単にそういうこと。だから英語はやっぱり、今、やってるちょっとを、だいぶ、にしていかなきゃいけない。

そして、ひとつ、良いことはあった。まあ、あんまり、おおっぴらに言えることじゃないけど、今日の飲み会のあと、会社に戻って、フランス人に電話した。はっきり言って酔いにまかせて。やっぱり、フランス人はカマをかけてた。休み明けにさせてくれ、で話ができた。

そして、もうひとつ。丸口よ、やっぱり、お前、カマかけすぎだぞ。今日、横で聞いたところでは、調整中、とのことだった。それで、丸口からの話も色々つながった。そういうことなのだよ。素直に、嬉しい、というか、幸せになってほしい、と思った。きっと幸せになれるよ。まちゃみん、そう願ってる。

今日は、イイ一日として、だけど、過信せずに、とらえておこうと思う。

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2007年3月19日 (月)

というわけで歌詞完成

暗い。キモい。ほとんどストーカーじゃん、実体験をこんなとこで、さらしちゃうとこが。これ、面白いのかなあ、さすがにちょっとこれはまちゃみん自身、踏み越えちゃいけないとこを踏み越えちゃってるような気がするなあ、そして、踏んづけちゃってる、という。書いてる時は、グッと来るエピソードって、なんだろう、って書いてるんだけどさあ、冷静になって読み返してみると、ちょっとヒドイな。でも、書いたから載せちゃう。だって、だいぶ無理矢理だけど、韻を踏むところは、結構、きちんと踏んだつもりだから。その部分は、やっぱり、埋もれさせちゃうのはちょっと惜しい気がしてる。

でも、バラード、っていうか、なんか、粘着質な演歌、っちゅう感じ。世界観としては。ほんとにこれで、バラードになるのかなあ。それでも、さすがに削ったもんね、もう、子供がいるお前、とか、そういう歌詞は。あまりにもナマナマしすぎる。なにやってんのかなあ、オレ。

でもねえ、今回の企画の最終形は音楽だから。とにかく、音楽、である以上、やっぱり、詩は刺身のツマなんですよ、まちゃみんの理解では。ちょっと極端だけど、間違ってもないつもり。こういうこと言うと、青筋立てて怒りそうな人もいてイヤなんだけど、ここはまちゃみんのブログだから断言。だって、詩から入っていくことってないよ、音楽である以上。詩を見て、イイ詩だから、音楽を聞こう、っていうケースってあるか。ないよなあ。詩ってあくまで、詩の内容もイイと、おぉ、となる位なもんだと思うんだよなあ、音楽なんだから。だって、そんなに詩がイイんだったら、メロディーいらないから、詩だけ書いてりゃイイじゃん、ってまちゃみん思ってしまうわけで。というわけで、曲作り、は、これにメロディーをつけるこれからが本番。あくまで、これは、コンセプト、世界観だから、メロディー作ってるとき、忘れないための。とにかくメロディー、ぐっと来るメロディーをつけたい。

でも、ここに来て、急に、やっぱり、セルメンのコンスタントレインを録ってみたい、とか、ベイビーフェイスとスティービワンダーのハウカムハウロングを、ちょっとだけまじめに、怒られない位には、コピーしてみようかな、とか思ってるんだよね。てへ。

タイトル:あまえないでYO! まちゃみん、ですYO!(仮題)
詞   :Macharming

Aメロ1
 結婚話を切り出したのは、君の方
 まちゃみんと呼び出した君
 まだ捨てられない、君からもらった手編みのマフラー

サビ
 「待ってね」伝えた時には離れてた
 オレを変えて、もっと変わってた君
 もう交わることのない二人

Aメロ2
 別れ話を切り出したのは、君の方
 わかって、と涙した君
 まだ捨てられない、君からもらった手紙の束が

サビ繰り返し

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2007年3月17日 (土)

曲作り

しようと思います、本格的に。うちのバンドにはバラードが必要だ、というのが、まちゃみんが、ここ半年位感じてるテーマだったわけですけど。理由があります。今まで言わなかったことを、今こそ、言おう。ならば言おう。という梶原一騎的な前置きは、言いたいこととあまり関係なくて、バラードを、という、その意は、詩を大切にするマインドを共有したいから。今日あたり、ちょっとづつ、そうでもないかな、と思ってきたけど、というか、だから言えるのかもしれないけど、詩を大切にしよう、ということは言われていたが、果たしてほんとにそう思ってんだろうか、というのが、ずっとまちゃみんの気持ちであった。というのは、演奏が大きくて、歌詞が聞き取れないので。本人たちは、間違った、とか、あるかもしれないけど、聞いてる人にはたいした違いではないだろう。そこは冷静にならないといけない。要するに、曲のサイズに合わせた演奏をする、という引き出しを作るための、きっかけにしたい、ということなのであった。バラードをやろう、というのは。ずいぶん回りくどいな。

なんちゅうかねえ、まちゃみんねえ、曲作り、って、曲先、ってイメージしかないの。これは、もう、サザンの桑田さんはそうに違いない、と思ってたから。で、バラードが必要、って思いたってから、実は、でも、ないけど、去年からずっと曲は書いていて、3曲位メロディーだけは作りました。でも、なんかバラードじゃないんだよう。バラード作ろう、と思って、ギター弾いてるじゃないですか、そうするとねえ、いつの間にか、コード進行を追っていって、なんちゅうか、単に普通、になっちゃうのよ。なんかねえ、音そのものを追っていくと結局、座りがイイとこに落ち着くので、それだけのものにしかならないみたい。バラード、という完成形のイメージがどんどんどっかに行っちゃうの。

なんちゅうかねえ、まちゃみんが唯一きっちり作った曲、というか、世の中に出てる曲、というのは、うちのバンドでやってるアレなわけですけど、あれって、詩先の曲なの。バンドのメンバーから詩を渡されて、それで、曲をつけたの。あれ、自分ですごい、と思うのは、一字一句、渡されたままで意地でも変えなかったの。正直言うと、詩の世界観はわかるんだけど、まちゃみんだったら、絶対こういう言葉使いしない、っていうのもあったの。で、一瞬、変えちゃおうかな、と思ったんだけど、変えずに曲をつけていったの。初めは、単にサザンのパクリにしか聞こえなかったり、言葉使いとか気になったけど、まあ、慣れ、なんだろうけど、今はもう、あれ以外ありえない、っていう感じになってる。

ということで、ここまでの話で何が言いたいか、というと、バラードを作るなら、詩先に違いない、世界観を作って、その世界観に曲調を合わせていくようにした方がイイに違いない、ということなのです。なんか、制約があった方が良いんじゃないか、ってのもあるわけよ。和歌の世界とかもそうでしょう。

ということで、じゃあ、実際、バラードの名曲はどんなアプローチをしているのか。まちゃみん調べの、日本を代表するバラードの一発目の歌詞を並べてみたいわけですけど。

・悲しいことがあると開く革の表紙
・恋をしていたのは、去年の夏の頃
・結婚話を切り出したのは、君の方

ね? なんか、あるよね、世界観が。たった一発目だけだけど、なんかイイよね。どーです。やっぱり、詩先だなあ。バラードは詩先に違いない。あとこの前まちゃみん英語でやった愛しのエリーなんて、「泣かしたこともある冷たくしてもなお」だよ。あと、チャコ海もイイなあ、「人もうらやむよな仲がいつも自慢の二人だった」って、違う、これは、私はピアノ、だ。「いつか君と行った映画がまた来る」とか「暮れなずむ街の光と影の中」とか、あと「壁際に寝返りうって、背中で聞いている」、とか、「好きだよ、と言えずに初恋は」とか、「卒業してから、もう3度目の春」「さよならと書いた手紙、テーブルの上に置いたよ」とか、って、でも、阿久悠は、後から詩をつけたんだろうなあ。ということで、最後の方は、なんか、シンガーソングライターのバラードの一発目の歌詞は、って主旨と違ってくるけど、なんか、やっぱり詩の力、って大きいところがあるなあ、って思ってきたの。

ということで、上の3つのうち、最後のヤツは、実は、まちゃみんがさっき考えたヤツです。どう? ということで、こっから、詩をまず作ってみたい。そんで、曲をつけようと思う。いずれも、ここでさらしてみたい。乞うご期待。

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2007年3月15日 (木)

研修終わった

研修終わったのは、昨日なんだけど、昨日は、帰ってきて、8時には寝て、起きたら、もう、今日の朝だった。一回も起きなかった。結構疲れてたのかなあ。それにしても、昨日の研修終わりから、ずっと今まで、躁鬱だった。ほんとに、飛んだり跳ねたり、落ち込んだり沈んだり。

正直に、イイきっかけになった研修だったと思う。まあ、内容ではなくてね、同年代のヤツらと3日間いっしょだった、ということがね。たぶんそれがそう思った要因。そして、なんか、人並みに欲も出てきた、と思う。

まず一番感じてるのは、なんだろう、もっと精度高くできる、と思ったんだよね。あの時、研修の内容とは関係なく、それぞれ、思い浮かんだんだよ。なんちゅうかね、全部、もうすでに理屈はわかってて、ある程度、やってる、って思ってたことでね。

うーん、なんか、色々あったんだけど、忘れた。あ、そうだ、ひとつね、わしゃね、嫌、ってことに対してね、自分も含めてね、それが、ある意味ストレートに、外に表現されてたのよ、たぶん。すごく、裏の裏みたいなイメージなんだけど、まちゃみん、って嫌いだからこそ、嫌いのまま、嫌い、って言えることをできてなかったのがわかったのよ。逆に、好き、という風に出しちゃうのよ、それか、無視しちゃうかね。だけど、それがバレてるのよ。まあ、バレてる、とは言わない。でも、自然じゃない、ってことは伝わってるのよ。つまり、何かが起こってるなあ、ってのは、実はストレートに出してた、と思う。そこんとこね、精度をあげる、ってことは。やっぱり、それも含めて伝えちゃいけない。ある意味、嫌、って言った方がいいね。それか、精度を高めて、ほんとに、出さない、ってことね。これは、なんか話す、ってこともそう。

だって、会社も含めてさあ、一回辞める、って言ってるし、怖れるものは何もないよ。もうすでに、取り繕うものってないはずよね。辞表を請求して、なんか、人事関連の人だとか、部長に知られちゃった、ってそんなん消せないからね。結果的に、引き留められてはいるけど、忘れてないし、忘れられてないし、それが、ネガティブな証拠として残ってるよ。だからこそ、まちゃみんできると思うんだよね。だって、まちゃみんの言うとおり、一回言ったこと忘れんぞ、ってまちゃみん自体が破ってるでしょ。それでイイ、というか、そうであっても、イイ、っていうやり方で、やらなきゃいけないんだよ、まちゃみんは、なおさら。それは、まちゃみんイイ人付き合いができるヒントを学んだと思う。なんちゅうか負け惜しみでなくてね。要するに、素直に、話したり、話しかけられたり、でイイと思う。その時、その時の感覚を大事にすれば、イイと思う。それは、つまり、相手の感覚も大事にする、ということだと思う。そうすると、結果的には、そこには、自分というのがいて、同時に、自分と相手の区別のない、要するに自分はない、という状態になる、と思う。要するに、人という輪のなかに無限大に自分が広がってる、という、それは、幸せなことなんだと思う。うーん、宗教みたい。

わかった、今まさに。ずっとなんでか、わからんかったんだけど、今わかった。わかった、と思った理由が。オレって今まで、会社では同年代といっしょにいる、って経験がなかったんだよ。特に、営業の連中とは。入社した時の研修では、はっきり言って幼い、としか思えなかったんだよね。距離が近づいた、と思う、正直言って、アイツらがちょっとは、オトナになったと思う。怒られそうな言い方だけど。ようやく、理解できるようになったよ。なんかね、つまりね、わしゃあ、だけど、自分に自信がなかったんだと思うのよ。みんなに受け入れられなきゃいけない、とか、自分も他人も変わっちゃうとイヤだ、とか。一人ひとりの付き合い方で良かったの、たぶん。あと、あん時、こうだったから、こういう方針、とか、って変えられなかったり。今回は、変えればイイや、と思ったのよね。それは自分に対しても含めて。自分に対してで言えば、その時の精神的な状態をある程度、受け入れてイイと思うんだよね。なんか、例えば、人と会って、なんちゅうか、ハマらない時、ってあると思うんだけど、そういう時に、自分のせいにしすぎにして、そして、ひっぱちゃう、ということが多かった、と思う。その時、その時でやればイイのよ。実は、それが人の中にいるコツだと思った。そんで、余計、近づかなかったから、余計距離が遠のいて、わからんくなってた、と思うよ。どっちか、っていうと、オレの方が嫌ってたと思う。どっちかっていうとね。なんかね、でも、それは、自分のためにならんのよ。やっぱり、当たり前のとこに戻ってくるわけだけど。

あと、なんか、うちの会社はホントに実力主義だと思ったよ。だけど、ひとつ気付いたのは、仲良しこよしだね、馴れ合いだね、ある意味。それは良くないね。あんまり整理できてないけど。つまり理屈がついてないけど。感覚的にはそう。

なんかね、下にいくほど、カワイゲのないヤツばっかりだったように思う、同期も含めて。悪目立ちしない、ってことそのものが目的になってんのよ。サラリーマンなんだよ、ホントの意味で。イヤ、別に良いんだよ。考え方もわかるし、そういうのも必要だと思うんだけど、みんながみんなそうなってるんだよ。そして、何より悪いのは、そうでないヤツを理解しようとしないことだね。まちゃみんなんかは、性格的に、多数派が嫌いだから、逆を行こうとするので、これまでは、アイツらみたいにはなってなかっただけで、理解しようとしてなかったのは、同じだけどね。でも、まちゃみんがイイのは、バラエティになってたからだ。まちゃみん、それに関しては、ちょっとは自覚的だったと思う。要するに、全体、という観点ではそれは必要だ、って、どっかで思ってた、と思う。

悪目立ちを避けるのが何がいけないか、って、それは、誰かが脱落することが前提の戦略だからだ。っていうか、それだけだといけない。ほんとにいけない。そして、アイツらそれに気付いてない。いや、気付いてるのかもしれないけど。気付いてたらなおさらダメだ。だって、それは、結局、我慢比べ、ってものだよ。我慢比べ、っていうのは、最終的には、誰もいなくなる、という競争だよ。だって、イヤだ、ってことが前提だよ? そして同時にそれは、実は、そういう土俵を作ってくれた人がいるんだよ? 要するに枠組み自体を決めてるわけだよね。そこで、じっとして、残ろう、ってことじゃん。ほとんどジジイだけど、亡国の一歩だと思うなあ、そういうのって。厚木の同期は、そういう意味では、そこそこしっかりしてる、と思ったよ。それでも、営業本部ってね、イイよ。何がイイか、って人数が多いのがイイよ。

うちの同期は、そういう意味では、わしゃあ、嫌いじゃない、ってヤツもいたよ。普通の社会人としては完全にアウトみたいなのもいたけど、なんか、チャンピオンサンプルのような数学頭のヤツがいたり、とか、まちゃみんの、すっとんきょうも含めて、うちの同期は別に良いんじゃないだろうか、あれで。

なんか、今日の日記は、イイか悪いか、はわからないけど、自分としては、ちょっと違うところから書いてるような気がする。結構、理屈をつけずに、思ったまま書いてる。っていうか、いつもだいたいそうだけど、なんか、自分で、さらに違う。だから、自分でも後から読み返すと吐き気がするほど、腹立たしくなるかもしれない。でも、面白いかもね。だって、これから、それらの理屈を考える余地がある、とも言うからね。

ほんとは、人前で話すことのポイントとか、この会社でやっていくとき、何が必要なんだろう、とか、あと、急にナオンはやっぱり必要だとか、思えてきたり、あったんだけど、まあ、イイや。また気が向いたら書こう。

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2007年3月13日 (火)

はあ、楽しかった

というわけで、今日は、別の研修の初日だったわけだけども。単に、飲む、という飲み会から帰ってきた。ほんとは、泊まりがけの研修だけど、わしゃあ、家が近いから帰ってきた。

すごく言いたいことがいっぱいある。すごく、スタートラインにたった気がしてるよ。なんちゅうかね、今まで理屈の理屈でわかってたことを、具体的にどうしたらイイか、今まで、メートル単位だったものが、ミリ単位でわかってきた感じがする。あくまで、研修と、別のところで。

それはきちんとまとめたい。遅い、なんて言っちゃいけない。思い立ったが吉日だよ。だって、よく考えてご覧よ、ほんとのほんとで、1年くらい前は辞めようとしてたわけじゃんか。もう、失うものは何もないよ。精一杯素直に生きるしかないよ。

明日は、早く行こう。そして、いろいろ、やってる風にしようと思う。

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2007年3月11日 (日)

研修2日目について

はあ。なんちゅうか、相当、鬱になったよ。研修のおかげで。さっき夕方うたた寝して、起きたら、なんか、整理されてたわけだけど。

もう、昨日のことになるんだけどね、研修は。あとで、書こう、研修については。相当、影響受けたことについて、整理したい。整理せずにはいられない。なんちゅうか、脱力してる部分と、やっぱり、まちゃみん、そんな中、拾えたぞ、ということで、エライ、ということで。

とりあえず、今日。今、同期と飲んで帰ってきた。まちゃみんが辞めようと思った、事務所の同期だ。同期は相当疲れてた。はじめ、ずっとオレの方から、飲もう、と誘ってたんだけど、コイツ、メンドくさがってんじゃないか、というのがあった。だもんで、嫌々かな、と思ったけど、向こうにも、知りたいことがあったみたいで、向こうにも理由、があって、良かった。完全に、ヤツは、ある仮説を立てていて、それを確認したかったみたいだ。半分あたっていて、半分外れているというか、なんちゅうか、そうじゃなくて、ユルい正解、という感じだった。まちゃみん、初め、知りたくて、誘ったわけだけど、なんか、誘ったあと、その時の当初の知りたかったことはどうでもよくなっていて、まあ、だから、ユルい正解になってたわけだけど、そういうことなら、それを含みを持たせて、ユルい軸なんだけど、それを軸に、今後も、情報交換していけばイイと思った。こういうのは、大事だよ。

それにしても、同期は相当疲れてたけど、わしゃあ、安全な場所だから、だからこそ言えるし、もし、自分がそういう立場だったら、自分で、自覚的であらねばならない、と思うけど、どんな状態も、永遠に続くことなんてあり得ない。キレてしまって、すべてひっくり返す、というのも、選択肢としてはアリ、だと思うけど、ユルく待ち、ユルく壊す、っていうことが重要なんではないか、と思った。同期はやっぱり、あの閉じた場所から出るのがまずは大事だと思う。半年間だけ、合法的に、海外に行く、っていう制度もあるわけだしね。それを上手く使ったらイイと思う。逆に早く動かないと、アイツの下が辞めちゃうと、結局、それが、アイツに移されちゃって、アイツの性格としてはまた、言いづらくなると思う。はやく、ユルい範囲の中で動いたらイイんじゃないか、と思う。

そうそう、自覚的、ってほんとにテーマだ。自覚的であるか、どうか、ほんとに、重要だと思ってる、ここ最近。って、話飛んじゃうけど、これって、無知の知だ。なんか、言葉換えて、言ってるだけだなあ。

昨日は、研修から帰ってすぐバンドの練習に行った。4月の頭に、会社の元上司の誘いを安請け合いしたけど、そっちは断らないといけない。

今日は、昼に起きて、ワイシャツをクリーニングに出して、川崎に買い物に言った。サングラスを買った。あと、完全に娯楽の本。猪木の本と、ラグビーの本。なんか、ここ何週間かは、街に出てから、あれ、なんで、街に出たんだっけ、ってなってる。で、帰ってきて、なんで街に出たか、って思い出す。今回は、布団カバーとシーツとあと服買おうと思ってたことを思い出した。あ、あと、映画を観ようと思ったけど、硫黄島からの手紙、なんと、満席。で、観れなかった。で帰ってきてから、相撲を観ながら寝てしまった。朝青龍負けたんだって? 八百長疑惑、って今回のひとつの軸だよね、見方として。

さて、研修。個人攻撃された。昨日一日は、ほとんど、鬱のようにその出来事を考えていて、昨日書いてればもっと臨場感とともに書けた、と思うけど。今日もそのことを引きずっていたけど、夕方、相撲観ながら寝てしまって、そんで起きて、同期とのサシ飲みに行ったら、すっかり解決してた。というか、整理されてた、というか。やっぱり、寝る、ってそういうことかと思う。というわけで、結論から書こう、と思う。そして、それが起こるに至った状況と、結論に至る過程を箇条書きしてみたい、と思う。

まず、結論。やっぱり、あいつらの一番ダメなところ、って、ひとことで言うと、自覚的でないところだと思う。ここで言ってるあいつら、って、あの講師達ね。アイツら、って、自分らは、ほんとはないに越したことない、って側面が強いこと、に関わってる、って自覚がないんだよ。そこに尽きる。特に、まちゃみんが、鬱になってしまったのは、メンタルヘルス、っていうところで、個人攻撃された、ことなのよね。アイツら、よく考えなきゃいけない、自分らの仕事、ってホントは、ない方がイイわけよ。アイツらカウンセラーなわけよね、精神的にきつい、って人が出た時に、その人の精神状態を安定させてあげる、ってことよね。ほんとは、精神的に、キツい、で、カウンセラー、っていうか、人に相談しないといけない、って状態になるまで、精神的に追いつめられる、なんてことはない方がそもそもイイわけよね。

まちゃみんは、まちゃみん自身が個人攻撃されて、まちゃみんが不愉快だった、ってことももちろんあるけど、そんな狭い範囲のことは、最終的に、まちゃみん自身がそんなことは思ってない、って整理されて安心してる。あいつらが自覚的でないのは、特に、ホントは、イイ状態、つまり、精神的に病んでる、なんて人がいない、という状態の時に、自分らは必要ない、つまり、メシの種がなくなる、ってことに、誠実に向き合ってない、ことだ。というか、そういう姿勢に見えたことだ。これって、実に決定的に、そして、絶対的に今回のあいつらがダメなとこだと思う。

だって、今回の研修のそのものの目的を含めて、アイツらの態度をみてると、ホントは、みんなが精神的に安定して、ハッピーな状態、というのを、自分のメシのタネがなくなる、っていう、手前勝手な理由のために、歓迎してないように見えるんだもん。むしろ、喜んでる、という。不幸になれ、って。さも、会社辞めれないようなヤツは、手に職がついてない、ってことでダメだ、みたいなことだよ、お前らが言ってることって。それ、ってどーなの。あおってるよね、不安感を。要するにてめーらが、メシのタネを切らさないように、火のないところに火をつけて煙を立てて、消しますよ、ってやってるよね。マッチポンプだよね。おかしいだろ。まあ、それは、うがった見方に過ぎるのかもしれないけど、もし、自覚的だったら、ああいう迫り方するかなあ、ってことが多かった、というのがやっぱり印象。要するにアイツらは、ほんとに直接的に他人の不幸がメシのタネになってて、そこんとこは、最低限自覚的でないといけないと思うだけど。で、そうであるならば、そうである、接し方、ってあると思うんだけど、そうなってなかった、ってことなの。どうだろう。まちゃみん間違ってるだろうか。

これがすべて、結論としては。

個人攻撃されるに至った、背景、って考えれば色々あるし、そこからきっちりと整理しておこうと思ったけど、やっぱり気がむいたら、にしよう。結局、まちゃみん自身も、際どいこと言ってたようだけど、そういうことが伏流してたからで、大きな視点から見ると、やっぱり、まちゃみん、そんなに悪気ないし、大きく間違ってるようにも思えない。あとは、あの場にいた人が判断してくれるだろう。

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2007年3月10日 (土)

さて、研修、初日

キャリアデザインというセミナーを受けている。ちなみに昨日ここに載っけたのとはまた別の研修。でも、この研修にも事前に、本を読んどけ、というのがあって、大前研一の本。感想は昨日の本と、路線としてはほとんど変わらない。昨日の本より、2割増位で、断定的になり、2割増位で、概念的になっている、という印象。すなわち、よりホラ吹き感が高まっている、という感じ。大前研一って、無邪気に迫ってくるほとんど詐欺師にしか思えなかった。まずこういう本を読め、という姿勢がアウトだと思う。

講師はマリ子先生。そこそこ有名な先生、というのが会社の言い分。写真では、すごく綺麗な人だった。実物も遠くから、見た時は、ほんとに綺麗だった。ただ、近くでみたら、年はまったくごまかせてなかった。年は企業秘密とのことだが、60オーバーというのもアリかもしれない。

うちの母親がマリ子先生を見たら、イイ年して、若作りしすぎでみっともない、と一刀両断にするに違いない。このみっともない、という感覚は、オレもそう思う。最近特に思うのだが、若い外観というのは、要するに生殖能力があります、という、オスに対するサインだと思う。若作りというのは、発情期です、って言ってるようなもので、これはやっぱりみっともない、と揶揄されても仕方ない、と思う。

ただ、素直に、ほんとに綺麗だった。そして、この研修の本来の主旨のキャリアデザインなどというところには、全く、スイングできていないが、進め方自体は実にエレガントで、プロの仕事だった。

まちゃみん的にもっとも盛り上がったのが、個別のカウンセリングというのがあって、その時。今度は、まちゃみんがみっともなかった。演説してしまった。ばかばかしいので言わないでおこうと思ったけどなんでも言って、というので、やっぱり、そもそもこの研修自体を否定するようなところから入ってしまった。キャリア開発なんて、迫り方そのものに対する是非について自覚的でない姿勢がまずなってないという主旨のことを言ってしまった。もちろん喧嘩腰ではないので、面白いとは言ってもらえたが、こういうのは、自分の後味が悪くなる。

あとひとつ、これは、自分で、口が理屈を誘導したような格好で面白かったのだが、まちゃみんにとって、充実感がある瞬間はどんな時、という質問に返した時だ。曰く、瞬間、という切り出し方は、問いの立て方が適切でない、それは、人間の活動というのは、前後のつながり、文脈のなかでしか意味をもたないであって、瞬間の状態がどういう状態か、というのは意味のないことだ、と。オレのなかでは、完全に、音楽のことがベースになっていた。メロディーは、あくまで、時間軸のなかで流れていくことによって、個々に意味が生じてくるのであり、それひとつだけ取り出した、単音というもの自体には全く意味がない。

って、これって、養老さんか、ウチダ先生が言っていたと思う。おお、そうか。どうりで、面白いわけだ。というわけで、ひとしれず問題時してます。

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2007年3月 9日 (金)

ロンリコン思考&過大解決力養成研修の事前課題を読んで

下の文章は、今度の研修の課題のレポート。「嗜好力と退陣力」(念のため、伏字)、という、MBAを取った、というコンサルタントの本を読んで、感想を書け、と言われて、書いた文章。

こういう雇われ感のある文章こそ、実力が出るだろう、って。自分としては、イイ出来。こういうヤな感じの文章書くと、自分で面白がっちゃってダメだね。正直、こんなバカバカしい本を読ませんな、というのがそもそも全ての感想だからね。要するに、アメリカかぶれで、実態は、何してんのか、わからんコンサルタントが、火のないところに煙を立てて、飯の種にしてます、という本だからね。こんなノウハウ本って、いまさらバカバカしくて相手になりたくないのよね。

こういう自分だけはわかる、ほんとの意味がわかる、という文章は面白い。これで怒られるんなら本望だね。逆に、読んじゃった、ってことだからね。いや、始めは、こういうバカが書いた本は読みたくない、ここがバカだ、って、直接的にしか、書いてなかったんだけど、怒られるかなあ、って。こんなイヤイヤ感を前面かつ全面に出しちゃうと、って。で、下の文章のとおり、いろいろ、まぶして、最終的には、こうなった。この、極力説明を省いて、論理も糞もなくて、自分勝手に、話があっちゃこっちゃに飛ぶ感が自分で好き。このままだと、どこにも日の目を見ないんで、ここで晒そうと思う。

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タイトル:ロンリ思考&過大解決力養成研修の事前課題を読んで


嗜好力をテーマのレポートということで、この本を読んで、私が思考したことを書いてみたい。

ひとつ、この本が、著者の意図として、企業のどのような層をターゲットとしているのか、考えた。著者自身は、明確にしていなかった、と思う。また、前書きにも、サブタイトルにも書かれていなかった、と思う。著者自身がこれを書くときにどういう人を思い浮かべたか。勝手な想像だが、読者を想定せず、著者自身が想定する一般論を書いた、という印象である。経営トップの人向けに書かれていないことは、ある程度明らかだと思うが、私自身の感想では、企業の若手に最も受け入れられる内容が多い、と感じる。総花的とも言えるが、読む人を選ぶと思う。また、一方で、読む人も、読むかどうか、選ぶことと思う。

この本では、アメリカではこうだ、という展開の仕方が多いと感じた。直接的な表現として、アメリカではこうだ、という書き方が頻出するわけではないが、著者の意識に伏流していると感じた。逆にそれが故に、是非を論じる俎上に、それ自体がそもそも上がらない、ということかもしれない。それ自体の是非について著者自信の検証がないため、著者の意図するであろう、論旨に同調できないことが多かった。たとえば、横文字はいけない、と言いながら、非常に横文字の表現が多い印象であったり、日本の教育が悪いかのような断定的な言い回しや表現が多かったと感じる。この著者自身が、意識的にか、無意識的にか、避けていることがありはしまいか。著者の設定するそもそもの前提の是非そのものについて、著者自身が自覚的ではない、ことが原因と思われる。

著者自身の経歴を見たときに、著者が自身の職業について否定的な見解である、というケースは、稀であると考えるのが、自然と思う。あるいはそうでないこともあるかもしれないし、断定的な言い方は避けなければいけないが、誤解があるにしても、相手の実際の状態を、慮る姿勢が、円滑な理解に大きく貢献するのではないか。著者と読者は、この点につき、自覚的であるべきと思う。

このため、この本の著者が銘打っている退陣力に関しても、違和感があった。印象として、能動的に働きかける自己のあり方についての言及ばかりで、退陣と言いながら、相手についての考察はなかったように感じる。この本の紹介する方法は、人と接する時の、自己の振舞い方の原則技術、ということのように感じられた。退陣力、というのであれば、むしろ、相手方の観点が必要と感じた。一方で、至高力と銘打ちながら、ノウハウ、と読めないこともなく、そうであるならば、至高、というものに対する姿勢としては、軽薄な迫り方、とのそしりを受ける恐れがある。

以上のこの本への所感は、自らの課題として、能動的に読んでいないためかもしれない。読む側としては、この部分を差し引いて読まなければならないかもしれない。これは、このような研修を受ける姿勢として、マナー違反かもしれない。しかし、この本のそういうところをきちんと突っ込める自分であるか、考える、というのが、至高力ではないか、と感じた。そういう意味では、至高力について、この本自体は、いくばくかの向上や、考えるきっかけになった、と思う。

この研修を通じて、ロンリ思考、過大解決を向上させたい。あるいは、きっかけをつかみたい。

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2007年3月 6日 (火)

ひとこと

35年。だって。今日、定年退職になる人の送別会だった。35年勤めるのだって、すごく、少数派だ、とのこと。はあ。

その人が、最後の挨拶で言っていた。最近のまちゃみんの、人は、他人によってしか、自分の意味というのを与えてもらうことはできない、って、まさに、その話をしていた。わしゃあ、自分の今の年齢で、その話ばっかりしてるのは、どうなんだろう、と思った。

うーん。わしゃあ、何をしたいのかね。

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2007年3月 5日 (月)

素材だけ

先週、会社で、同期のやつが集まって飲んだんだけど、半分以上が結婚してた。そんで、それ以来、色々、それについて考えてて、結論とか、ってとこには至ってないけど、ここ最近、結婚にまつわる、素材が色々出てきた。これらを、無理矢理繋げる、と理屈、っていうか、屁理屈ちゅうものができると思う。でもなんか、今は、屁理屈こねる体力がない。だので、素材のままあげておこうと思う。

かの手塚治虫は確か漫画は三題噺って言ってたと思う。うろ覚えだけど。三題噺ってそのものがはっきりと自信ないけど、全く関連のない3つの事柄を即興で、無理矢理ひとつの話にする、落語かなんかの、そういうレギュレーションのことだったと思う。これは、そもそも関連がないんじゃなくて、相当関連あるぜ、実は、という、事柄。実は、でもないけど。

・世の中的には、少子高齢化がネガティブなもの、というのが自明の感じで語られてるけど、なんでかね。そもそも、それの善し悪し自体がネグられてるような感じがするのはオレだけかなあ
・天皇家っていうのが、日本の家族のロールモデル、それ自体がプロパガンダ、ってどっかで読んで、そうか、と思ったんだけど、その天皇家自体が、今の皇太子って、相当、40とか、だったよね、結婚した時
・この前の土曜のお昼の番組の出演者は、なんか、すごい象徴的だと思ったんだけど。高橋英樹と関根勉は結婚してて、子供がいて、松平健は離婚してて、久本雅美と今田耕治は40前後だと思うけど結婚していなかった
・結婚しない、とは、そもそもどういうことか。あるいは、結婚する、っていうことは
・団塊の世代ジュニア、っていうものの傾向、ってなんだろう

なんか、あんまり面白そうじゃないなあ。あれえ?

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2007年3月 4日 (日)

記録だけ

いや、20代なら、昨日のようなハチャメチャぶり、って面白がっちゃうと思うんだけど。あー、そう。という感じ。さらに、2、3年経ったら、こういうハチャメチャは、みっともない、って感覚に変わるような気もする。

朝の7時過ぎまで飲んでた。夜中は、プロのギタリストの人で、朝は、7時になろうか、という時間で、酔っぱらいのけんか。正確に言えば、通算、中生2杯位だと思うけどね。練習開始時間が遅かったので、電車で帰るのたいへんだったんでバイクで行っていたから。

夜中は、プロのギタリストの人。結構な年の人なんだけど、まちゃみんは、大学の時の、まちゃみんも所属していた、「音楽団体連合」というのを、を思い出してしまった。機会があったら、書くかもしれない、いや、前、書いたことあったかな、「音団連」って。昨日の、夜中の飲み方、っていうのは、結局、大学生というのは、こういう世界、というか、大学生にとっての世の中、っていうのを擬似的に作りたいんだろうね、と思った。なんちゅうか、業界、って感じのものを見ると。いや、実際、そういう世界があった時代もあったのかもしれない、と思う。ようするに、その人は、そういう時代、というか、大学生の思い描く、というか、実際、そうだったかもしれない、という音楽業界の人だった。その人は、完全にヒエラルキーの頂点で、そういう空気ができていた。

朝のけんかは、単に、無責任な野次馬として参加。ひとことで言えば、要するに、あの地区であの時間まで、やってる店、ということは、やっぱり、まちゃみんも、母方の実家の方であった、古い、下町の共同体、みたいなとこであってね。何かって、しょーもない酔っぱらいが店にカランでた。6:30で、さすがにお勘定です、と。5000円位しか持ってないのに、飲みに来てたのよ、その酔っぱらいが。で、払わねえよ、こっちゃあヤクザだぞ、って凄んでたんだけど、そこで飲んでる人が皆、ある種のそういう共同体のゆるい繋がりがあったから、店中の客からも総スカンになった、という話。ちょっとづつ、弱気になっていくのが面白かった。途中、払わない、とは言ってない、っつって、若いもんに持ってこさせる、って、トーンダウンしたり。組の名前を出したんだけど、もっと大きな名前で返されたり、とか。まあ、要するにホントはヤクザでもなんでもない、単なるチンピラなんだろうけどね。ほんとにしょーもなかった。

梶原一騎的な世界。男の星座で、蒲田で飲み屋を始めた梶一太が、地元のヤクザと揉めたが、大山倍達が実は、関西の有力暴力団と繋がりがあって、もっと大きい組織で手打ちにしたけど、ケン玉を持ったその大親分に、マス大山の顔を立てたけど、あまり素人が無茶すんなよ、と、言われて、めちゃめちゃビビる、みたいな。全然そこまで規模でかくないけど。

ということで、さすがに、そこで、帰ってきた。さすがに次にはつき合えなかった。

昨日は、ファミレスでメシ食って帰ろう、て話だったんだけど、ライブ演ってる飲み屋に、プロのギタリストの人が来てる、っていうことで、その飲み屋で、対バンで演ろう、と言ってくだすってるみたいで、行ってしまったのがいけない。帰る、ってときは、帰らないとバンド続けらんないよ。

来週、っていうか、今週末は泊まりがけで研修だ。で、日曜日も、元職場の同期との飲み会をはさんで、3日間泊まり込みの研修。元職場の同期との飲み会は楽しみ。もう色々と情報交換したい。いや、ここ2、3日、異動の話を聞いて、正直ちょっと思い出してる、みたいなとこもあるから。

ナオンに関しては、ほんとに、もう能動的に動けない。

さて、明日からまた仕事。今から、銭湯行ってこよう、先週に引き続き。なんかここ最近、月曜はおしっこがほとんど、した瞬間にしたくなってて、なんか、汗をかきたくなってるので。

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2007年3月 3日 (土)

ダメダメ'65

「070303_fuifuri65_t34v8_01.MP3」をダウンロード

先週の今日は、事業部から帰ってきた翌日で、一分一秒が惜しい感じだったのに、今日は、近年稀に見るだらだらぶり。昨日は20時には寝て、今日、起きたらもう10時だった。起きてから、部屋は掃除したけど、寝るでも、なく、ほんとにぼーっとしちゃった。なんだけど、15時頃、テレビを見てたら、名前知らない娘なんだけど不細工がなんか気持ち良さそうに歌ってた。で、まちゃみんも、ということで、ギターをつま弾いて遊んでたんだけど、急に、MTRで久しぶりに真面目に遊びたくなったのであった。

なぜか、サザンのカブトムシアルバムの1曲目、フリフリ'65。前、このギターのリフはまちゃみんでもできる、と思ったことがあったので。これにしようと思ったときは、なんか、黒っぽくしたら面白いんじゃないか、と思ったんだけど。相当未完成。

やってるうちに、どんどん、ほんとは、何がしたかったかわかんなくなって、すぐに飽きた。始めこれをやろう、と思いついた時は、なんか、すげえ、色々、黒っぽい要素を入れて、面白くなるはずだったのに。なんか、どんどん訳がわからんくなった。でも、一応、歌までは入れたので、あげてみよう。ほんとは、厚いコーラス入れたりとか、ベースもファンキーな感じで入れてみたかったけど。飽きっぽくてダメ。ギター2本は結構真面目に録ったから、あとで録り直すかもしれない。

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