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2007年5月

2007年5月30日 (水)

いやあ

はっきりとわかった、ここ最近の、イライラがなんでか、って。半年位前とドイツ人と同じシチュエーションになったけど、思ったほど、自分は進歩してねえ、って。先々週と同じスーツを着て、同じルートを通ってて、気付いた、これ先々週と同じだ、と。すげえ、衝動、っていうのが、わき上がってきてて。ほほう、これか、と。なんで、そんなに自分を痛めつけようとしてるか。そして、よくもまあ、この短い距離であんなことになったなあ、と。

やっぱり仕事だなあ。なんだろう、思うように動けてない、ってことだと思う。わかんね。時間に追われてたら、こんなこと考えないんだろうね。すごく、時間を無駄にしてる感じがしてる。わしゃあ、入った時がああいう極端なところだったから、今の状況ってのいうのが良く理解できてない。あと3年たったら、だいぶ、落ち着くと思うけど、3年は待ってくれないような気がしてる。色んな状況が。

ほんとはもっとできるのにできてないんじゃないか、そして、それが、揶揄されてるんじゃないか、って。わしゃあ、どうしたらイイんだろう。

明日、死ぬつもりでその日、その日、めちゃくちゃしてみようと思う。自分で言ってた35って、もう2年切ってるわけだよね。

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2007年5月29日 (火)

鏡の法則 読んだ 感想です ~キモッ

会社の先輩から読む? って渡された。そんで、思い出したよ、と、この本、そういえば、カノジョが読んで、っつってた本だった、と。そんで、まちゃみんは、スティーブジョブスのスピーチ、イイよ、なんつって、お互い、送る、とか言っておいて、そのあと、何もない、という。おお、あの時、カノジョが言ってたのこれかあ、と。

さっき読んだ。流し読みで10分位で読める本なので、あんまり何もないんだけど。あえて言えば、キモイっていうだけで。すごくヤな気持ちになりマース。なんちゅうの、一杯のかけそば、と同じスメルがシマスYO!

なんちゅうかねえ、チラチラと、この作者自体が出てくるとこがね、純粋じゃないドス黒い動機が隠せてない感じでね。で、作者の略歴見るとね、やっぱり、って感じでね。

あなた、基本的にない方がイイたぐいの職種でしょう、と。あなた、積極的に、自分の存在アピールできない、って、本来は、構造的にそうなってる、ってわかっててやってんのかバカヤロー、ってなもんですよ。この前の研修で、まちゃみんが怒ってたあの講師といっしょですよ。あなた、メンタルヘルス、って看板かかげてんのに、オレ自体を不愉快にさせてどーすんだ、って。ほほう、オレ自体のメンタルをヘルスしなきゃいけない状況にすると、お前の仕事ができて、お前がハッピー、って、そういう理屈ですか、と。それって、消防士が自分がいかに役に立つかってことをアピールするために放火してるようなもんだ、って思うんですけど。違いますか。

あなた、自分の仕事がない方が、イイ、って自覚ありますか? あなたががんばらなきゃいけない状況って、不幸な人がたくさんいる、って状況だってわかってるかね? まず、そこんところをはっきりするところから始めてください。ほんの10何年か前になかった職種だ、っていうことはどういうことか、って考えろ、ヴォケ。だからメンタルヘルス、とか、なんたら、って横文字なんだろーが。いらねーってことだよ。お前は人の不幸を悲しんでるフリして、それどころか、そういうものを煽り立てて、むしろ人の不幸を作って、それで、自分がオイシイ思いをしよう、っていう、そういうゲス野郎だよ。わかった?

はあ。わしゃ、なんで、こんな必要以上にテンション上がってるのか。というヤな気持ちになる本でした。

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秘密結社鷹の爪 The Movie 総統は二度死ぬ 観た 感想です ~こういう企画自体に対してどういう姿勢なのですか

テンポがイイとこがイイとこだね。そして、別に面白くないことはなかったけどねえ。ゲラゲラ笑ったところもあった。

この映画、中身自体が刺身のツマなの。映画、という媒体自体のパロディーを、映画そのものでやりました、っていう。今、出てきてるデジタルの技術で。まちゃみんもMTRをやっていて、こういうデジタル化の恩恵に浴してるわけだけど。だもんで、ストーリーの展開とかも、最低限の敷居、というところに、それ以上でもそれ以下でもなく合わせた、というか。いや、単に、そうなっちゃってるだけかもしれないけど。別にどっちでも良くて。要するに、なにか、って、中身云々じゃないよ、ってことよね。こういう企画があること自体が語られるべきところじゃないか、と思うのよね。

そういう意味で新しい、という企画であって、中身自体で、どーの、こーの言うやつはわかってないやつ、という烙印をおされるだろうと思う。そこじゃないのよ、焦点をあてるとこは、っていう。

まちゃみん実体験があるんだけど、DTPとか普及しはじめたとき、シロートごときが簡単に手を出しやがるのがムカつく、っておっさん世代が言っていた。要するに、ここで、あぶりだされちゃうのは、デジタル化に伴う大きな流れ、っちゅうものを前提として踏まえてるかどうか、ってことだと思う。姿勢、っていうかね。

その言い方で透けてくるのよね、姿勢が。まちゃみんは、単なるそういう自分が慣れた方法が脅かされてることと、こんなんどこまでいっても、道具でしょ、と、使い方次第でしょ、ってとこの区別がつかないことがばれちゃう、ひとりよがりにはなりたくない、と思っていたのであった。やってみないとわからんだろうよ。この程度のことだったら、ダメだったら、次、でイイじゃん、ということであって。ダメにしても、やってみれば、これが主流になるのは、どれくらいかなあ、てわかるだろ、って。そんなとこでネバんなよ、あー、めんどくさ、って。なんちゅうか、まちゃみんには、そういうのがわからんのよね、ポリシーとか、って手前味噌で、全部片付けられる感覚が。あるいは、そういう感じを押す、感覚が。はあ。

ということで、決して中身がどうこう、という映画じゃないんだなあ、まちゃみんの意見では。

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ツチヤ(土屋賢二)先生の本読んだ

ツチヤ教授の哲学講義 Book ツチヤ教授の哲学講義

著者:土屋 賢二
販売元:岩波書店
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ツチヤ先生って、文春で、とぼけた言い回しのエッセイ書いてる人、というイメージだったんだけど、本屋でたまたま手にとったら、本職の大学の授業を活字にした本だ、っちゅうことで。どんな授業なのか、って興味あってね、そんで、買った。ツチヤ先生、授業は別に普通だなあ。

延々と説明して、10章位あるんだけど、結論は最後の2章位にしかない。後で言うけど、それは、全然悪いことだと思ってないけど。

この本、初め、どういうこと言おうとしてるのかなあ、と思ったけど、本としては、というか、センセイとしては、要するに、ヴィトゲンシュタイン、というドイツ人の考えに共感してて、その解釈ではこうで、自分もそう思います、と言ってる、ってそれだけの本。

哲学、っちゅう学問は、問いの立て方自体が、実は、言葉遊びであって、そもそも答えが出ない、ナンセンスなものだ、ということが言いたいみたい。

で、そのヴィトゲンシュタインの考え方はこの本を読んでまちゃみんが理解するところによると、哲学というものが言葉、というものを使って表現されるナニモノか、である限り、言葉、というものの枠内にしか収まらないよ、と。で、言葉を使って、人生に意味があるとか、ない、とか、考えること自体、言葉を使った以上、ナンセンスな性質なものだ、って。言葉というのは、そもそもそういう使われ方を想定してない、と。要するに、哲学として、立てられる問い、自体が実はそもそも解が導かれる性質のものではないんじゃないか、って。意味ねーよ、と。コロンブスの卵状態のことが言いたいらしい。

で、ね、おお、これって、カタチこそ違えど、まちゃみんが中学生位にたどりついた考え方といっしょなんじゃね、って。中学生位のとき、なんで、グダグダ、いろいろ考えてるのか、と、考えてた、主に、生きてる、ってことが色々ツラくて。なんでこんなツラいんかなあ、と。中2のまちゃみんが最終的に至った答えは、「生まれてきたからだ」、と。それ以上でも、それ以下でもない、と。日本海に沈む夕日を見ながら、当時、まちゃみんは、自分のこの答えに妙に納得したのであった。

さらに、最近は、自分で意識的にそうなっていったわけじゃないけど、生まれてきたこと、って「自分で選んだことじゃない」、ってことが加わってるよね。そんで、よりクリアーな理解に至ってるわけだけどね。

ツチヤ先生のこの本は、ここまで、言ったあとに、だから、って、哲学が答えを出すことが期待されてる、生きる意味、っちゅうものがないわけじゃない、って、最後に申し訳程度に言ってておしまい。けど、これは、ある意味すごくイイ終わり方だと思う。要するにこういう分量、というか割合だと思う。何か、って、まさに、こういうプロセスを踏むことが重要だと思うよね。

要するに、意味があるとか、ないとか、考えること自体、ナンセンスな性質なものだ、と。そもそも成り立ちからして、意味がないんだもの。まちゃみんの言葉で言えば、何一つとして能動的に選んだ結果で存在してるものってはないでしょ、って。そこに意味をつけようとしてるのは、意味をつけようとしてる側にしかないの。だけども、考えてごらんよ、と、じゃあ、そもそも、それを考えようとしてるアナタ自体はなんなのさ、と。選んでないよね、気づいたら、そうだったんだよね、と。

で、まちゃみん自体の結論としては、この前の日記に書いたことで、話の展開は急だけど、意味は、与えられるものだ、と。そして、ならば、人に与えることをまずは心掛けよう、と。この前の日記で、散々狂ったように言ってた。

ということで、やっぱり、繋がってるような気がするのだ。実も蓋もなく、問い自体がナンセンスでしょうよ、というところで。そういう問い方自体、実は、意味ねえよ、と。というか、そういうところから出発しないといけねえ、とまちゃみんは思い込んでる。

それはそういうもの、として、理解する、というか、受け止める、というか、丸ごと飲み込むしかない。きっと。そうとう先走ってるけど。そこを前提にしないと、そもそも、こういう案件って考えることのスタートラインにすら立てないんじゃないか、って気がしてる。要するに、最終的な答えは、意味ねえ、なんだけれども、意味はあるかもしれない、と一旦考えて、やっぱり、ねえよ、と。そういういうところにたどり着く、というプロセスは必要だと思う。

答えがないから、って初めから、ない、という答えを覚える、ってことではないのよ。「答えはない」、けど、そういう、ない、という答えに至る、というプロセス自体に「答えはある」のよ。というか、もっと言えば、その「プロセスそのものが答え」です、と。要するに生きるということは、そういうのも含めて体験する、ということだと思うわけよ、まちゃみんとしては。そもそも、なんか知らんうちに、この世に沸いてきて、気づいたら、腹減ったとか、セックスしてえ、とか、いろいろグダグダ考えること事態がそういうことの事象の反映になってる、というか、対になってる、というか。

最後に微妙に今考えてたことと結論は違うような気がするんだけど、手塚センセイの火の鳥ね。最近のまちゃみんの趣味で、飛躍しちゃうけど。火の鳥、って結局はっきりと答え、らしきもの、って出してないよね、って、まちゃみん思ってる。というか、一貫性、というのがない、と思う。結局、太陽編まで読んじゃうとね。生きる、ってことがテーマであることはわかるけど、生きる、ってことを、ポジティブとかネガティブで、一貫したとらえ方、っていうものをしてるわけではない、ということ。逆に、この物語で、一貫してるのは、能動的に選択して死ぬ、ってことが否定されてること位だと思う。そして、それは、手塚先生が特に言いたかったこと、じゃないと思う。生まれた、あるいは、生まれてしまった人々を淡々と描いているだけだと思う。もちろん、各編で、ある程度、はっきりしたテーマってあると思うんだけど、並べるとね。要するに、生きる、ということの積極的な意味っていうのは何も語ってないと思うのだ。あえて言えば、生まれてきて、ぎっこんばっこんして、死ぬ、ということ、そのものが意味だ、って言ってる、っちゅうのがまちゃみんが受け取ったメッセージなの。

結局、全部読むとそういうことかと思った。まちゃみんとしては、意味がある、じゃないところに微妙なニュアンスを込めてるわけだけど。意味のあるなし、じゃないのよ。単に、ただ単に、生まれて、存在してる、ってことだと思うのよ。単に最後の方はネタ切れ? とも思うけど、そういう風に解釈した方がまちゃみん自体が安らかだ。

おお、なんか、それらしきこと言ってるなあ。

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2007年5月27日 (日)

パイレーツ・オブ・カリビアン3(PIRATES OF THE CARIBBEAN3)観た 感想です ~これ、3を期待してた人が結構いた、ってことなんですか

1、2も、観てないで観にいったけど。3も観る必要なかったねえ。でも、1、2を観てたら、すごく面白いの? この映画。これ、おもしろがってる人っているのかなあ、マジで。そういう人がいたら、どこが面白いのか教えてほしい。ほんとに、純粋に興味がある。まあ、でも、まちゃみんもたとえば、恋人たちの予感の面白さを説明して、って言われても説明できないけどね。けどなんていうのかなあ、まちゃみんは、面白い、とは思えなかったけど、おもしろがってること自体はなんとなくわかる、っていう映画もあるからね。この映画は、おもしろがる人がいるとして、その人がなんでおもしろがってるのかも想像できない感じなの。そういう意味では指輪物語と張り合えるかもしれない。けど、こっちは、全然、おもしろがってる人を責める気にはなれない。まちゃみんとしては、間違いなくつまんないけど。

ということで、間違いなくつまんないし、つまんなさで指輪物語と同じくらいだけど、指輪物語よりは、憎たらしくはない。そんな感じ。フィルムとかセットとか、地球の貴重な資源が無駄にされてる感じがした。ほんとの意味でなんにも言うことなし。

っていうか、新しくできたらしい小新の映画館で観たんだけどさあ。いいか。あんなとこに、ああいうスーパー作んなよ。そら恐ろしいわ。なんちゅうか、人心荒廃するぜ、あんなとこにあんなもんおっ建てたら。誰一人として、望んでない気がするんだけど、アレを建てたやつも含めて。どういう手続きがあって、あそこにアレが建つのか。わしゃあ、そっちの方がよっぽど印象に残ったのであった。

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2007年5月25日 (金)

そして新潟へ

いやあ、33歳になったねえ。今週の月曜だけど。こんな33歳になる、って誰が思いましたか? いやあ、感慨深い。時間ってのは、いついかなる時も流れてるもんだねえ。まちゃみんは忘れてても、時間はきっちり流れてる。いついかなる時も、の積み重ねが33歳だ。

陳腐な表現をあえて繰り返したいよ。中学生の時、まあ高校生の時、でもイイや、自分が33歳になると思いましたか、って。とてもそんなこと考えなかった。けど、33になったよねえ。なっちゃったねえ。

そして、もうひとつ。改めて思う。生まれた次の瞬間から、死ぬこと、っていうのは近づく一方だ、と。実際33になった。全く同じに、死ぬことも確実にやってくるだろ。今は、全くリアルに想像できないけどね。それは33歳を想像できなかったのと同じ。

というわけで、新潟へ。なんちゅうか、原点だ。

犬をかまいたい。そして、ちょっとづつ変わってるにせよ、古町を歩いて、三吉でラーメンすすって、万代橋を歩きたい。

脳天につきささるような日差しの真夏に、あの娘と西堀を歩いて征谷小路を突き当たって、喫茶店で好きでもないアイスコーヒーを注文したこと、とか、1浪した冬に、今はないカミーノの前で、宮下とばったり会って興味半分で酒をあおって帰れなくなって、酒が切れて寒くなってさみいさみい、言いながら二人でケンタカのラグビー部の部室に忍び込んで泊まったこと、とか。あいかわらず同じ思いでを再生したい。そして宮下は2浪して希望の大学に入り、だけど、ペルーで撃ち殺されて、オレは2浪して希望の大学に入れず、だけど、普通のサラリーマンで33まで生きている。

なんちゅうか、センチメンタルすぎなモノイイで自分でちょっと薄気味悪いけどね。

なんちゅうか、まちゃみんは、今もまだ、結果的にニュートラルな状態であることを噛みしめたい。それは、もっとの幸福をつかめていない結果、なのか、まちゃみん程度のやつとしちゃあ、御の字の状態なのか。わからない。意味は自分で紡ぎ出すしかない。

仕事、がんばって行こうと思う。なんだろう、清心な気持ち、っていうのかね、なってる。ここ2、3日で一気に、なんか、がらっと景色が変わった気がしてる。やっぱりすごいなあ、って人が見つけられたり。そうするとますます遠いなあ、とかね。まちゃみんもここにきて、どうあるべきか、って見えるような気がしてるし。

がんばっていこうよ。

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2007年5月24日 (木)

いやあ、久々に

面白かった、というか、夢中になった、というか。13時過ぎに会場に到着したわけだけど、一瞬で、17時になっていた。まだまだ見たりない。余計な詮索さえされなければ明日も見にいきたい位でね。

いやあ、まちゃみん、これから、仕事、やっぱり一番イイ時期じゃないだろうか。出遅れてる、とは言え、なんちゅうかねえ、おもしれえ、おもしれえ、で、自分でもびっくりする位夢中だったのが、なんちゅうか、仕事としては、すごく救いになるんじゃないか、と思った。ここ最近、なんとなく悶々としてたしね。今日も午前中は、なんかメソメソしてるしさあ。

なんだけど、これは、やっぱり夢中になるだけのもんかもしれねえ、と思ったのであった。

以下、箇条書き。

◆展示会、って、なんかこんなすっきり来れるのか、という入り方、だったよね。前の職場ではなんちゅうか、やっぱりいかにくだらねえプレッシャーかけられすぎてたか、ってわかった。会場に入ったら、あれやっとかないとダメだとか、トラウマみたいなんがワサワサ出てきてね。なんでそんなこと考えるかね、って我に返って、そんで、いかに、しょーもなかったか、ってそれでわかった。こういうのは自分の興味の赴くままにやった方がイイ気がする。そもそもこんなガチャガチャしたところで、無理に出そうとする成果なんて出ないって

◆ちょっと嬉しかった。なんちゅうか、たいがいのことが、どういうことが語られてるか、わかった気がしたので

◆どっかで、商売、って観点でも見てなきゃ、ダメ、って意気込んでたけど、最終的には、それは屁のつっぱりだと思った。結局ね、こんなとこでどうこうなるもんじゃない、って。ある程度の成果の発表であったり、付き合いの一環だって。それくらいの姿勢のあとで、身体に染み込んだなにかがあとからふっと使えると思う

◆結局、こういうところに出せるものって、ある程度決着ついたやつだからね。もし、ほんとに商売、ということであれば、要するに、その始まりのとこで、声がかかるか、ってことだよね、商売としては。だからこそ、普段の付き合いが重要だと思った。それこそが何よりのアピールだろう、何かを始めよう、って時に。我々のものなんてほとんど出てなかったけど、実は、そういうところに強みもあるんだ、思った。というか思いたかった

◆結局、この業界、っていうのは、戦前を引きずっている。日本のトラウマそのもの。有名経営者の創業の信念の紹介プロパガンダVTRがずっと流れてて、それにちょっと見入ってしまったんだけど、エネルギーの向かう先が変わっただけで、やってることや理屈の付け方って、同じじゃん、って思った

◆結局この産業、って総合力だもの。けど、なんかどっかのブログで読んだけど、デザインは、一人の天才だ、と。それはすごく良くわかるような気がする。感性に訴えるようなものは、強烈な個性がわしゃこれが好きやねん、ってやらないと、グダグダになるよね、きっと。要するに、組織化、というか、分業が成り立つものとそうでないもの、ってやっぱりあると思う

◆たとえるならば査定とかもさ。判断力だとか、折衝力だとか、企画力だとか、パラメーターに分けて、点数つけて、査定されてるけど、それって足し算じゃ計算できない性質のもんじゃねーの、と思うのよね、そういうことです

◆理屈で読んだもの、とか、状況的にこうだよなあ、っていうものの実物が見れたので、夢中で面白がってた

◆各展示で、各社の、商売の勢いが微妙に滲みでてるような気がして面白かった。商売ノってるから、展示もノってるね、とか、全然やる気ないのもわかるけど、カタチとして出てきてるのは、やっぱり、それなりにまとまってて横綱だなあ、とか。どう隠しようもなく這々の体だね、とか

◆気付いたら、17時で、終わったら、どっと疲れてて、帰ろうとしたら、いきなり、見ず知らずのワカモノ、に声をかけられた。すんげえ、すがるような目で名刺ください、って。始め何言ってるかわからんかったけど、聞いてあげると、新人研修の一環として、知らない誰かと名刺交換する、という研修だ、とのこと。ホントか? もし、ほんとにそんな研修があるような会社だったら、辞めた方がイイと思う。そんときは、言えなかったけど、ただ、気持ち悪、ってだけで。でもマジでそんなことやらすような会社がホントにあればろくなもんじゃないことは間違いない。それをやって誰か幸福になるヤツはいるのだろうか。もちろん、薄気味悪いので、名詞なんか当然渡さず立ち去る

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2007年5月22日 (火)

はあ、バカバカしい

今やってる4チャンネルでやってるテレビのバカさ加減てなんだろね。配ってるティッシュがタダだ、とか、ホテルのお茶とか歯磨きがタダだ、とか、ジャパネットタカタの通話料がタダだ、とか。

二重にバカだろ、このモノイイ。

だいたいさあ、タダじゃないでしょ、それを使ってる人が払ってるんでしょ、別の名目で、廻り廻って。明細に出てないだけじゃん。バカで気付いてないんだか、気付いててあえてなのか知らないけど、こういうウソのつき方って邪悪だと思うよ。こういう輩は、ウソつけないように、喉笛かっきってしゃべれなくした方がイイよ、まちゃみん常々、万引きしたやつは手首切り落とせ、って言ってるのと同じように。2度とそういう迷惑なことができないように。

そして、ほんとにタダだと思ったヤツが、バカみたいに使ったらどうなるんだろうね。結局、そのためのコストがかかるから、ってもっと高くなるだけだよ。要するにバカを増す啓蒙をしてどうする。

まったく、こういうバカどもはまず珍遊記を読め。万引きした、たけし軍団がババアに鉄拳制裁を受けてるとこを読め、っていうんだよ。ババアが言ってるよ、たけし軍団に。儲けが100円の定価1000円の本を1冊万引きされたとすると、その万引き分の損失を埋めるために、ババアは10冊の本を売らなきゃならない、って。たった1冊パクられただけで、10冊売って、ようやくチャラだ、と。

けど、ほんとに、こういうの誰か鉄拳制裁してくれないかなあ。こういうのある意味、犯罪だと思うけどなあ。

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2007年5月21日 (月)

因果応報、あとから報いは受けるだろ

ぜーんぶ断った。なんとかなるものも、断ったし、一部は嘘ついて断った。

まちゃみんの原則は、誘われたら、誘ってくれたことに感謝して、参加させていただく、だし、そして、呼ばれてないものは一切付き合わない、ということなんだけどね、普段はね。ただでさえ、誘われる機会も少ないけど、誘われてたものも、嘘ついて、全部断った。自分では久しぶり、なつもり。

グダグダしたい、って、オレが思ってることを、俺自身が肯定しなかったら、オレ以外の誰が肯定するんだ、っちゅう話だよ。

久しくこういうことしてなかったつもりだけど、もう、全くやる気がなくてね。自分で、一回こういうことしちゃうと癖になるし、後から、自責の念にかられることもあるし、やっぱり、こういう嘘をつく、ってことはやらない方がイイ、で、がんばってきたつもりだったけど、もう、何ごとも、やる気ない。

ひとりでグダグダしてたいんだよね。自分をグダグダさせたい。久々にグダグダして、それでやっぱり、良くねえなあ、って思ったら、そん時考えようと思う。

責任持つ気ないなら、意見だってしてはいけない、っていうのがオレの考え方。お前、オレの大きなお世話なコトガラについて意見するなら、オレの何に責任を持つか、をまずははっきりさせてからにしてもらおーじゃねえか。大きなお世話だよ。オレのことよりテメーのことを心配してくれよ。

先約がある、ってオレ自身がグダグダする時間を取る、ってことだと悪いのかよ? 大きなお世話だよ。お前が楽しいんなら、お前が楽しめばイイじゃんかよ、別に、わしゃあ、頼んでそこにいるんじゃない、っちゅうんじゃよ。わしゃあ、一人でグダグダする、という約束を自分にしてるんだよ。ヴォケ。

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パッチギ! LOVE&PEACE 観た 感想です ~1より薄め?

いや、正直に告白するけど、ボロボロ泣いた。最近のまちゃみんは「生まれながらにして」ってキーワードで迫られたら、泣いちゃうみたい。いや、今回のは、東京タワーと違って、というか、唐突に、だからこそ、かも知れないけど、始まって15分位だったと思うけど、筋ジストロフィーです、ってとこで、泣いちゃった。

でも、この「2」そのものには、なんだろうね、全く、というか、あんまり感想はない、というか。ボロボロ泣いてるんだけど、「1」って実は良かったんだなあ、とか、そういう思いの方が強いの。「2」は全部、登場人物が説明するから。そういう部分のくどさは「1」同様相変わらずだった、と思うけど。別に、命を先祖がつないできた、とか、さ、説明しなくてもわかるだろ、って思ってた。だいたい、筋ジストロフィーの時点ですでに泣いちゃってるもの。だから設定なのかなあ。ということで、映画そのものとしては、あんまり感想ない感じがしてる。

というか、まあ、泣いておいて、アレだけど、「2」を観たら、「1」ってイイ映画だったんだなあ、って。いや、この前「1」の感想書いた(ココです)あとにちょっと色々みてたらさ、「1」って、玄人スジからそーとー評価高いらしくてね。でも、高いから、「2」より「1」と言うわけじゃなくて、この「2」を観るとね、「1」の良かったところ、ってのがなんちゅうか、浮き上がってきたよね、ほんとに。「1」では別に泣きゃあしなかったけど、そう思う。まあ、泣く、が必ずしも、イイ、の条件でもないし。この「2」は、今、じゃんじゃん宣伝してるから、ある程度は売れるんじゃないだろうか、とは思うけど「1」のイイところはここだった、って言いたくなった、という。

「1」って、すごく役者が良かったんだと思った。ワカモノは、元気いっぱいだったし、年輩には味があったよ。まちゃみんが、不勉強なだけだろうけど、知らん役者が次から次からはじけてた。そして、出てる役者の数も、「1」ってすごく多かったんじゃないだろうか。それだけで、楽しかったんだな、と。

あと、言葉ね。これ、「1」はすごいテンポになってたよね。今回の「2」は、それがちょっと楽しみ半減なところがある、正直言って。東京、という設定だけに。藤井くんの東北ナマリも中途半端だしさ、正直いって。ガンス、って言うかなあ、まちゃみん聞いたことないなあ。ちゃあ、とか、ちゃ、は良く聞くけどね。ということで、言葉のテンポが、薄め、と感じた要因のひとつであることは間違いないと思う。東京の言葉ってテンポ出ないね。間はあるような気がするんだけど。ところで、まちゃみんも新潟のナマリがしゃべれないのが、惜しい、と思う、最近。子供のころはしゃべれてたんだけど。まちゃみん、上越、下越、そして、下越のなかでも、海に近いガサツな言葉と、街の言葉、と新潟のなかでも、言葉って全然違くて、どんどん住む場所が変わったから、もう色々なもんが入っちゃってね。そんで、最後には、ほとんどテレビ、ラジオで話されてる標準語になっちゃったんだよね、高校にあがった時には。話が脱線だけど。とにかく、「1」は関西弁と、朝鮮の言葉のチャンポンがすごいテンポを出してたんだね、きっと。

そして、あと、なんだろうね、「1」は監督のわしゃ、これが見せたい、っていうのがグリグリ押されてたのが良かったんだと思った。そういう言い方ないだろ、ってのも含めて。今回のはちょっと、狙いすぎ、って感じがした。くどさ、とも、なんか微妙に違うんだけど。若干阿ってる感、というかなあ。優等生にちょっとなってませんか、って感じがした。「1」は、ある程度、わしゃ、これが好きやねん、でグリグリ押してた塩梅がどちらかというと強かったような気がするけど、今回は、好き、より、受け、でやっちゃってる感じがする。まあ、確かに座りのイイメッセージかもしれんけどさあ。別にそれがダメ、ではないけど。薄め、と感じたり、尖った感じがなくなってるような気がするのは、それが原因のような気がする。

けどねえ、あの、キョンジャとノムケンがいたした後、ノムケンが豹変するとことか、藤井くんのおかあさんが、面会に来るとこ、とかの、あの呼吸の、押し、と、引き、はまちゃみん好き。

あとねえ、キョンジャはかわいらしかった。あの娘なんていう娘なんだろう。エンドロールで、あの「1」から出てたおかあちゃんはなんていう人なんだろう、って気をとられてて、チェックできなかったんだけど。ほんとに綺麗、というかかわいらしい、というか。いや、まちゃみん、毛唐なんかより、我々の人種の方がよっぽど愛おしいよ、ほんとに。まちゃみんトキめきいたね。恥ずかしながら。そういう意味では藤井くんがんばれ、だよね。プライベートで乙葉といたしちゃってるわけだけど。いいなあ。あと、ニシキコージローは、すごくイイ味を出してたと思う。あとさあ、あのベンガルって、ベンガル呼ばわりしちゃうけど、「シルミド」に出てた人だよね、きっと。まちゃみん、あのスポ根戦争映画を、なんでか、観てた、ということを思い出したよ。

ないない、と言いながら「2」も結構あったなあ。

ということで、別に、全体的にはイイと思います。そんな感じ。

というかまちゃみん、その前に、ジョアンジルベルトの弾き語りで泣いてるの。チネチッタの下のタワレコで。最近、日本の歌ばっかり聞いてたから、洋モノ行きたいな、と。そんで、ブラジルコーナーに行ったら、ジョアンジルベルトのライブの弾き語りが視聴できてさ。

ジョアンジルベルト、ってまちゃみん実はこれがジョアンジルベルト、って聴くのは初めてだったんだけど、すげえ。前、セルメンのコンスタントレインをやろうと思って、スコア探してた時に、やたら、出てきてた名前だったから、目に留まったのよね。そんで視聴してみた、と。弾き語り、ってまちゃみんの好きな分野じゃん、と。

いやあ、世界、ってやっぱりまだまだまちゃみんが知らないだけの才能が一杯あるんだと思った。イパネマの娘で、うるっと来て、もう、オ・パトで、じわっと泣いてた。今からさっそく聴いてみたいと思う。

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2007年5月20日 (日)

バベル(BABEL)観た 感想です ~生まれた、ということ自体、実はアナタ選んでないでしょうよ

いや、素晴らしい。なんだかねえ、素晴らしいなあ。何より映画そのものが雄弁ということであって。だもんで、あんまり言うことありません、という感じ。決してエンターテイメントではない、というか、一般の人が観たあと、ああ良かった、っていうような映画ではないと思うけど。なんちゅうかねえ、だいぶ、ここ2週間のまちゃみんの趣味に偏ってるけど、この映画は我が国でいうところの手塚治虫の、火の鳥だ、と思った、洋モノの。洋モノ、っていうか、舞台は、地球全体に及んでるか。要するに、人間の営み、そのものだと思う。よくも2時間でこれだけまとまってると思う。

最初の10分位で、これは、カルマの話なのかな、と思ったの。まあ、そうだったんだけど、それだけじゃないよね。もう、色んな切り口があって、何回か観て、きっちり整理したら、相当、破綻ないきっちりしたテーマが何個か出てくると思う。

いやあ、イイ映画だなあ。この映画誰一人として、物理的には幸せになってない。いや、ブラピ一家は家族の絆は深まったかもしれんなあ。役所広司のとこも、ちょっとそうかなあ。いやあ、もう、こういう言い方そのものがもう陳腐だなあ。いや、やっぱり、こういう映画こそ、養老さんじゃないけど、口だけで一言で説明できるくらいなら2時間の音と映像を使った映画、という媒体にしない、ってもんだ。

この物語の発端、っていうのは、元の元は、役所広司の親切というかもしれない。無理して、発端を挙げるとすれば。銃をあげたわけだよね、あの砂漠の人に。だけども、まあ、はっきり言って、ほとんどの人は不幸になってるよね。

でも、それって、なんちゅうか、人間の営みそのものだ。まちゃみん、ひとつだけ、言うとすれば、だからこそ、まちゃみんは他人の荷物を持ってあげたい、と思う。そうでもしないと、やっぱりまちゃみんは、この世ってやり切れないと思う。まちゃみんは、この映画は、そう読みとりたい。やっぱり感謝、善意を忘れちゃいけないと思うのだ。ちょっと前の日記で、すげえ、狂ったように言ってたけど、人間なんて、実は、そもそも、生まれた時に、能動的に何ひとつ選んでいないはずだ。だのに、自我っつうものができると、自分がひとりで、初めからそこにいたかのように考える。それがイキモノのプログラムだとしても、よ。おとうちゃんとおかあちゃんがいないとアナタ生まれてこれないだろうによう。だから、そもそも生まれた以上幸せになろう、と考えること自体が、実は傲慢な態度かもしれない、とまちゃみんは思ったりするのだ、すごく極端な話ね。一方では、生まれながらにして、意識が成立する前からハンデがある人もいるわけでしょう。決して、生まれながらのハンデとかを肯定するわけじゃなくね。ほとんどまちゃみんの中では同じ例だけど、初めから殺すために、生命を生じさせたりしてるわけでしょう、家畜、とか。実は、イキモノ、として考えた時に、そこに人間と牛とか豚とか、とどんな違いがある? まあ、ちょっと脱線してるけど。

特に、まちゃみん、自分でも一昨日まさに、そういう経験してるから、一層、そう思ってたから。人間は実はほんとは、はかないものだと思う。でも、そればっかりだったらやりきれないよ、やっぱり。だから、そこまで、グリグリ考えて自分を傷付けるのも良くないし、そもそもできないし、だから、何か、って、どっかで、隅っこでイイから、もし、自分自身にやはり理屈で割り切れない不幸というか何かが関わってきたとき、それを受け止める覚悟、っていうのをどこかで持ってないといけない、ということだと思う。覚悟。まちゃみん、最近、覚悟、って重要だと思うのだ。

ということで、イイ映画だなあ。まちゃみんはこの映画、イイ映画、としか言えない。

最後にこまいところ、ひとつ。まちゃみん、途中でおしっこで席立ったりしてたので、もしかすると、その間に説明されてたのかもしれないけど、結局、役所広司のカミさんはなんで死んでたのかなあ。まあ、些末なことなのでどうでもイイや。そこは、もっときちんとした人がきっちり考えてるんだろうと思うので、機会があったら調べるかもしれない。菊地凛子の、そんな書いてたっけ?、っていう位びっしり書き込んであったメモとかと関係あるのかなあ。

そんな感じ。

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2007年5月19日 (土)

槇原敬之の「MILK」ってホモの唄だったんだ

「070519_milk_r09_0013.MP3」をダウンロード

いやあ、今、気付いた。そーか、そーか。ふーん。

いや、さっき、まちゃみんの、J-160Eをつま弾いてたんだけど。いや、まちゃみん、曲を作りたくなってて。弾き語りで、ファルセットが印象的に織り込まれた感じのやつ。また、J-160Eをひっぱり出して弾いてたのね。いや、ちょっと前、なんか、一回聞いた曲をそのまま覚えちゃう、という盲目の少年がテレビで弾き語りしてて、それにエライ感銘を受けて、あと、桑田さんの新曲は、イイなあ、と思わされちゃったので。桑田さんの方は、なんちゅうかね、色んなところの美味しい部分を持ってきて、くっつけて、ひとつにしちゃった、みたいな、感じ。考え方としては、ポールのユーネバーギブミーユアマネーみたいな感じ。

で、なんちゅうのかね、ファルセットを印象的に織り込んだ弾き語り、っちゅうもんをまちゃみんも作ってみたい欲求が出てきたのよね。なんか、今、精神的な謹慎、ということもあるし、ちょっと、なんちゅうか、自分と向き合う一環として。で、マッキーの曲を久しぶりに弾けるかなあ、って。

10年前、このJ-160Eを買ったとき、今もヘタだけど、当時もっとヘタで、そんななか、たぶん、初めて、コピーしようとした曲がマッキーの「MILK」って曲だったんだよね。なんで、これコピーしようと思ったかわからんかったけど、やっぱり、スリーフィンガー、ってまちゃみん基本的に好きだから、それだよね。で、あとからクレジット見たら、小倉さんが弾いてる、ってことを知って、すげえびっくりして。小倉さんは、たぶん、桑田さんの今もやってるかどうかわからんけど、FMのラジオでオグちゃんとして出てて、で。桑田さんのソロの孤独の太陽、というアルバムにも参加してる、と。で、そのアルバムの鏡、という曲もすごく気持ち良いスリーフィンガーのアンサンブルなんだよね。そんで、後々、山弦、でやっぱり、オグちゃんすげえ、という再会を2、3年前果たしたわけだけど。

それにしても、このMILKって曲。曲自体は好きなんだけど、歌詞は、これどう読め、っちゅうの、という感じだね。まちゃみん歌詞も見るようになったのはホントにごく最近だから。今、弾き語りしようと思って、歌詞カード読むまで、全く、考えてなかったけど、今、読んだところ、ほとんど意訳なしにホモの気持ちとしか読めないよ。要するに、夜遅くにホモ友になぐさめてもらいました、良かったです、人と違って僕はホモだけど、ホモ友にはげまされたのでがんばります、という。ミルク、って、もしかして、精液とかけられてるんじゃあるまいな。小倉さんは、スタジオミュージシャンとして、このホモの曲に綺麗なスリーフィンガーで参加したわけだ。なんかスゴイ。スゴイ混ざり方。

やっぱり、槇原敬之、って、やっぱりちょっとおかしな人なんだろね。クスリでも捕まってたと思うし、最近では、松本零士とパクったパクらない、でモメてたでしょ。ホモだ、とかっていうのもどっかで聞いた気がするけど、こういう曲を作ってると、わざと、ではないよね、ホンキ、っちゅうか。この前、美輪明宏のヨイトマケの唄も歌ってたし。

いやあ、世の中って、まだまだ色んなものが詰まってるね。

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2007年5月18日 (金)

パッチギ(2じゃないよ)観た 感想です ~黄色人種でガンバロやないか、毛唐は嫌いなんじゃー、がテーマみたい

ふーん。すごくマトモなんだね。マトモ、っていうか、丁寧、っていうか。

完全に井筒監督、が作った、って見方なわけでしょう。まちゃみん、井筒監督の作ったの観たの初めてだったんだけど、すごくマトモ、なのね。あー、そうなの、こういう感じなの、っていう。いつも、大口叩いてるから、どんな感じなのか、わからなかったけど、すごくマトモなんだね。

まちゃみんは、あまりにもくどくて、ちょっとスイングできないけどね。正直言って。いや、ある一定の水準は軽く越えてる、とは思うんだけど。そして、同時に、おとぎ話の一線も踏み越えちゃってる、というか。あー、関西のくどさ、って感じだなあ、っていう。でも、全く、大口叩いてるだけはある、と思ったよ。

売れる映画、には思えなかったけど、きっちり作られてるので、今公開されてる2もたぶん観に行きます。

ということで、1時間経ったところでの感想。たぶん、ずっと、最後までこの調子なんだと思うから。最後まで観なくてもわかる。たぶん。

それにしても、なんで、この人は、どうしてここまで毛唐が嫌いなんだろう? というか、この映画で描こうとしてることがホントウだとすれば、この人は、むしろ、まさにこういう問題の渦中の人なんだろうね。まちゃみん、こういう解決の仕方、って全く良くない、と思うよ。要するに、毎度のまちゃみんの屁理屈のこね方で申し訳ないけど、要するに、朝鮮人を憎むくらいだったら毛唐を憎もうぜ、って言ってるような気がするのよね。で、それって結局、朝鮮人は毛唐に置き換わるし、毛唐は朝鮮人にも置き換わるわけよね、すごく簡単に。それって、永遠に問題解決しないでしょう、って思うんだけどね。要するに、遠くのヤツを敵に見立てておいて、近くのヤツとは仲良くしようや、という。それって結局、誰かを憎んでることには変わらないわけでしょ? 朝鮮人の代わりに、新潟県人でもイイし、血液型A型のやつでもイイし、一重まぶた、のヤツでもイイわけでしょう。 誰かババ引くやつはおとなしく虐げられてれや、って。そう言ってる気がするんだけど。違う?

まあ、イイや。

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2007年5月16日 (水)

反省

昨日のできごとは、やっぱり反省すべきもの、だと思う。

一瞬、ここで笑い話として、書いちゃおうかと思ったけど、やっぱりそれはやめとこう、と思う。なんちゅうか、開き直るのはよそうか、と思うし、やっぱり、今回の件は、昨日恩着せがましく言われた約束が守られて、あの場で済んで、やり過ごせるんであれば、まあまあ、この会社でもうちょっとがんばってみよう、と思ってる。いや、冷静になって、正直になって考えればやっぱりそうだと思う。やっぱり、あの程度のことでバカバカしいよ。

ああいう刹那的な部分は、もうちょっと抑えた方がイイんではないか、って自分でちょっと思う。月並みなモノイイだけど、もうちょっと自分を大切にした方がイイと思う。痛めつけすぎだろ、自分のことを。それがために、昨日のデキゴトじゃないけど、ああいう、アホウどもと違う、オレにとっては、覚悟、というものになってるのかもしれないけど、それにしても、自分を痛めつけすぎだと思った。

それに、自分でやっちまったものを、やっぱり今になってびびってんのか、ってのもある。そんなんだと、あのバカどもといっしょだ。いや、恩着せがましくいってるけど、実はオレ個人の問題であって。お前が恩着せがましくオレに言う問題じゃないにしても、そういうのに付き合わない、ってことも自分を大切にする、ってことだ。そういうバカどもに、付け入る隙を与えてるのはオレ自身だ。ウチダ先生じゃないけど、そもそもけんかしなきゃいけないような状態を招かない、ってのが、最もけんかが強い、ってことだ。それから、相当インチキだったけど、骨法のけんかの話で、それだけは、すごく印象に残ってるけど、勝ち切っはいけない、って。相手に逃げ道、っていうのは、勝ちが見えた段階で、用意しておいてあげなきゃいけない。

そんなに量を飲んでるつもりはなかったけど、自分で記憶してる限り、記憶をなくして飲んだのって、2回目。昨日と、しばらく前の、自由が丘での飲み会。そん時も、帰ってきたら、手に血を握っていて、どこをどう歩いて帰ってきたのか、覚えてなかった。で、徐々に、なんで、手が血まみれ、になってるのか、ってのを考えて色々、思い出してきたり、このブログに意味不明の書き込みをしてたりで、どうしてそんなんが書かれてるのか、ってのを考えることによって、徐々に、だいたい思い出してはきたんだけど。この前は、ブログには書かなかったけど、同期のメールに、酒が抜けるとともに、記憶が戻ってきた、と書いてたけど、それは、全くその通りだった。

今日は、オレ金払ってなかったですよね、ってマジで聞いて、呆れられたり、夜中のブログも全然記憶がなくて、だいたい、同じ穴の狢、ってわずか、何時間か前に自分が書いたことの意味が全くわからないし、発着信履歴を見て、電話してたのがわかったり、やっぱり、もう、滅茶苦茶だった。

酒を飲んだから、って、それを理由にしちゃうのは、ちょっと前までのオレだったら、全く、考えられないことだったし、それは、他人のことだと思ってたし、実際、酒飲もうが、精神的には、普段と変わってなかったと思うけど、やっぱり、オレにも、そういう性質があったみたい。最近は、そうかもしれない。それは、正直に、受け止めないとダメだろうね。そっからだと思う、気をつける、ってことができるのは。

ということで、自分自身としては、しばらく精神的な謹慎に入ろう、と思う。やり過ごせるんであれば、自分自身にレッテルを貼らなきゃいけないと思う。いくらなんでも、不当に割りに合わなすぎだろ、って。取らなくてイイ、リスクを取りすぎ。覚悟はしてる、って思ってるけど、そう思うにしても、今回の件はあまりにもつまんなすぎるだろ、って。それは結局自分を大事に扱っていく第一歩だと思う。

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2007年5月15日 (火)

同じ穴の狢

勝手にやってくれや。

お前は弁護士かもしらんけど、わしゃ、知らんねん。

勝手にやってくれや?

わしゃ知らんねん。
楽しくやってくれ。

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2007年5月14日 (月)

まちゃみん ぶらり旅番外編 4日目14:00 ~最後の最後で一波乱

酔った。船酔い。帰りは、2等椅子席ということだったんだけど。座ってたら、すんげえ、変な揺れ方しててさあ。これは油断してたら酔うぞ、と。

で、甲板に出て、どういう揺れ方かなあ、って、波といっしょに動いてたんだけど、すげえ、複雑な動きをしてて、シンクロできてねえなあ、と。そんで、初めうっすら、とした酔いだったと思ってたものが完全な酔いに変わってきてね。大リーグ挑戦の松坂じゃないけど、自信が確信に変わりました、みたいな。

まちゃみん、子供のころ、乗り物酔いしない方法を編み出して、以来、前の前の彼女と富士Qハイランドのフジヤマに乗ったときくらいで乗り物酔いは、ずっと、したことがなかったんだけど。

何か、ってクルマ乗っててもさあ、運転してる人が酔う、って聞いたことないわけじゃん。で、まちゃみん、とりわけ、うちの親父が運転する車に乗るとすぐ酔っちゃってたの、子供のころ。うちのおやじは、なんちゅうか、なにごともちょっと加減を知らん人なのよね。イラっとするくらい。蛇口とかさ、なんでか、わからんけど、次のまちゃみんが全く開けられんだろ、って強く閉めたり、障子とかもゆっくり閉められない人なの、だいぶ天然で。こういうガサツな運転してるのに本人は酔わん、と。これは何か、と考えれば、本人は車といっしょに動いてるからだ、と。

で、乗り物酔い、ってその乗り物の動きにシンクロしてない時に酔うんだな、って気付いたのよね。だから、酔わないためには、乗り物の気持ちになるのよ。要するに乗り物の動きに合わせる、と。そうすると酔わない。

なんだけど、今回は、気付いたときには、もう、酔いに入っちゃってて手遅れだったのかもね。もう、なんかね、目が回る、っていうかね、脳味噌が揺れてる、っていうかね。何度もえずいちゃってね。なんか苦いものがね、喉の半分くらいまで、一瞬上がってくる感じなのよね。まさに夢遊病で船の揺れもあるんだけど、ふらふら便所にかけこんだりね。

なんか不思議なもんでね、みんな酔ってるよね、みたいな感覚におそわれたり。なんにもモノを考えられなくなったり。死ぬのと酔ってるのとどっちがイヤかなあ、とぼーっとしたり。

しかし、船酔い、ってなんでこんなに気持ち悪いかね。

これ、いつまで続くんかな、って朦朧とした意識でね、椅子席で、背中つけて座ってね、ああ、揺れてる、気持ち悪、気持ち悪、おぅええ、気持ち悪、ってやってたら、いつしか眠りに入ってね、気付いたら1時間位たってたと思うんだけど、だいぶマシになっててね。まだ、若干酔いの感覚は残ってるんだけど、ピークは過ぎた、みたいな。

今、だいぶおさまってるけどね、書くために、思い出しただけで気持ち悪くなってくるね。あとなんかこういうコマイ物見てると酔いがぶり返して来るんじゃないか、っていう恐怖感。ささいなことでも怖いよね。

やっぱり、疲れてた、みたいなのもあるのかなあ。

最後の最後で味噌をつけちゃったけど、まちゃみんぶらり旅、これで、ほんとに、おしまい。

夏は、知床再挑戦か?! っていうか、何連休なんだろう。そこから調べますか。

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2007年5月13日 (日)

ジャパンXV 対 クラシックオールブラックス(CAB) 5月12日

というわけで観に行ってきたわけだけど。なんちゅうかねえ。はあ。がっくし。

6対35だった、っけか? ノートライ。

結局、失礼なモノイイだけど、ベテランというかロートル相手でも、これだけ力の差がある、という。力の差、というのをまざまざと見せつけられた感じ。だって、正直、CABって全然、動きにキレがあるようには見えないんだよね。いや、まちゃみん、代表の試合をナマで観たのって、実は初めてだったので、ナマ観戦だとあの位に見えるのかもしれないけど。後半の後半は、CABは動きにキレがないなか、それでも、比べると、日本は明らかにバテてるように見えた。

そりゃ、ロムー、スペンサーもビックネームではあるけど、緩慢、というか、要するに、トシでもう、動けてない感じ。そりゃしょうがないよ、ベテランだもの。

でも、まあ、いや、いち観衆、としてはね、テレビでしか観たことがなかった、スペンサーとかロムーをね、ナマで観れた、ってのはそれはやっぱり良かったわけだけどね。特にスペンサーは「らしい」動きが一杯でちょっと感激。特に後半のライン際抜けてのキックパスとか、ほんとにほれぼれした。

でも、やっぱりジャパン。ジャパンだよね、ジャパンのイイとこが見たいよ。ジャパンは負けてもイイにしても、なんか、善戦、ていうかね、して欲しかった。レフェリーも、完全に日本寄りだった、と思う。やたら、CABのペナルティを取ってたのにね、それらを全然生かせてないの。

日本はやっぱり、少ないマイボールの時に、とにかくボールを動かして走るしかないんじゃないだろうか。マイボールの時もさ、一次攻撃で接点作るのは良いけどさ、そっから絡まれちゃってボールがすぱっと出てこないんだよね。フォワードでまともにやったらやっぱり絶対勝てないよ。デフェンスの時間が当然多くなるけど、そこは、粘り強く守って、カウンター一発、っていう戦い方しかないんじゃないだろうか。

東芝単独チームとか、トヨタ単独チームの方がもしかしたらチームとしては強くね? ってそんな感じがした。っていうか観てみたい、対戦を。なんか、FLの渡辺さんとか、イイ動きだったと思うし、後半出た廣瀬とかも良かったように思う。

あとは、なんだろう、変なところでキックとか多かった。あれは、やっぱりプレッシャーがきついんだろうか。

あと、箕内は代表の時の方が全然動きがイイように見えた。NECの時は、なんか、身体張ってないような印象がまちゃみんにはあるけど、きっちりディフェンスもいっていたし、アタックもきっちりゲインして、球が出やすいカタチで接点を作っていたと思う。

矢富は、イマイチかな、と思ったけど、代わったハーフが、つまんない動きばっかりだったので、やっぱり矢富は結構イイのだ、と思った。やっぱり、球付近の選手は強いんだろうね、CABも。だから、アレくらいになっちゃうんだろうね。

そして小野澤。良かった。

やっぱり日本はバックスでビックプレーを出さないととてもじゃないけど、トライは取れないと思う。そのためには、きっちり球を出せる接点を作らないと。そんで球を動かさないと。

Img051 会場自体は、すんげえ混んでた。ゴール裏も満席だった(写真)。MS杯決勝の東芝サントリー並に混んでた。そして、秩父宮っやっぱり、選手と距離が近くてイイよ。会場に入るとき、東芝の吉田とか見た。この前もカーワンと知り合いが握手してもらったし。そういう日本代表が、ラグビーそのものでも、イイものを見せて欲しいんだよねえ。

我々の代表なんだから、応援するよ。がんばれジャパン。

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2007年5月12日 (土)

ビギニングオブウィークエンド

昨日は、久しぶりに金曜に酒を飲まなかった気がする。実はそんなことないけど。

この1週間は、ちょっとづつ書きたいことはあるけど、というか、書かないと、あっという間に、書こうか、と考えてたこと自体忘れてしまうことばかりが通りすぎていった、いわゆる休みボケの、だらっと1週間だった。

今日は、さっき掃除終わったので、連休中行けなかった、ジャパン対ロートルニュージランダーの試合を秩父宮まで自転車で行ってみようと思う。しかしこの1週間全く、1週間後に掃除する自分のことを考えてなかったので、わずか1週間でなんでや、って位散らかっていた。

そして明日は、バイクをオーバーホールに出して、その足で、結構、評判がイイらしい、バベルを観に行ってこようと思う。

ということで、そうは言いながら、この1週間の気になってたことをまとめておこう。

・知床
・気圧計付き腕時計
・連休中の音楽
・高野連
・吐き気
・火の鳥
・水島新司
・肉食
・ヒメモンステラ

あれえ、あんまり面白そうじゃないなあ。

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2007年5月11日 (金)

まちゃみん ぶらり旅⑧ 八丈島3日目9:30 ~雲一つない八丈富士

宿を出て港に行った。船の席は、案の定、あっさり取れた。ひと安心して港の受付の入り口を出ると、目の前に、雲一つない八丈富士が!

晴れてる。雲一つない。ちょっとだけね、悔しくなったよね、ちょっとだけ。今日の天気で頂上登ったら絶対見晴らしイイぜ、と。尾根の1周もできたんじゃないだろうか、と。風のことは一切忘れて、そう考えた。風は地上からじゃ見えないからね。

そして、まあ、これも記念だよ、と晴れ渡った八丈富士の写真を撮ろうか、とした瞬間。カメラがない! おかしい! 宿を出るとき部屋なんか、3回位確認したからね。忘れものがないことを。おかしいなあ。港の受付とかではどっかやることないだろうし。

カメラをなくす、ということは強風のなか、まちゃみんが決死の覚悟で撮った尾根での写真の数々がなくなってしまうということだ。それどころか、ほんとにお前、頂上まで行ったんか、とあらぬ疑いまでかけられてしまう。

これはヤバいぞ、と。まちゃみんリュックのなかもひっかきまわして探したもんね。そんでもない。これは完全にわからん、と。ただ、民宿の時点ではあったことは間違いない。どうしようもないので、わらにもすがる思いで民宿にもう一回行ってみることにした。まあ、歩いてもすぐだし。時間もあるし。

結果、民宿にあった。玄関に置いてあった、とのこと。そうだ、靴のなかの小石とか出そうとしてグダグダやってたよ、玄関で。その時、忘れたらしい。

あー、ヨカッタ。

まちゃみんあんまり縁起的なことは担いだりしないけど、これはちょっと、都合良く、解釈したくなった。

八丈富士が、カメラを忘れてたことを気づかせてくれた、と。昨日と同じで霧がかかった八丈富士だったら、どうだったろう。写真を撮ろうとは思わず、カメラを忘れてたことにも気づかず、そのまま船に乗り込んで、すんげえ、メンドイことになってたよね、と。

昨日の頂上の霧と強風もまた良しじゃないか、と。それが、そういう状況だったことはまちゃみん自身に意味があったと考えたい。なんの意味かはどうでもいい。意味を与えるのは、結局、自分自身の側にしかない。1回限りの機会を、どういたして、あとから、それにどう意味を与えるか。それがイイことなのか、どうなのか。そんなことは、自分で意味を紡ぎだすしかない。ダメだった、って安易に投げ出したら、そこに何が残る? 今のこの状況を受け入れて、受け入れた先に色気が残る。そう思いたい。

自分でわかってるよ、連休の時の旅ってナオンがいないことが心理的に強く影響してる旅だ、って。でも、今回の旅は八丈富士が、メインデッシュだったみたい。そして、八丈富士がそういうつまんない目的をほんとうに霞ませてくれた、と思う。そう思いたい。

Img_4046

 

   

 

それでは。また会う日まで。八丈富士。

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2007年5月10日 (木)

まちゃみん ぶらり旅⑦ 八丈島3日目9:00 ~まちゃみんやっぱり帰ります

筋肉痛にまではなってないけどね。おお、相当バテてる、と。全身、グタっとした感じ。

7:30にメシ食ってた時もどうしようかね、と、まだ、考えてたんだけど、なんか意地になって残るほどのこともないな、と。まあ、この宿を延長して、日がな1日ごろごろして、本読んでてもイイな、とかもあったけど。相当、本持ってきてるしね。あと、金曜の夜に近くの飲み屋でアイリッシュバンドのライブがある、っちゅうからさ。アイリッシュって何? U2? みたいな。ビートルズ、っちゅうなら、本気で考えたかもしれんけど。ヘタだったら、ヘタなりに楽しめそうだから。いや、この八丈島くんだりで、どんなバンドなのか、ちょっとだけ興味はあったけどさ。

あと、ちょっとだけ、さらに南下して、昨日のヤロウが泳いでくる、という青ヶ島に行ったろうかな、というのもあったけど。船の時間が7:00だ、とのこと。もう無理じゃん、と。

いや、なんだかんだで、昨日、八丈富士で最高潮も迎えたし、寿司も食ったし、実際これ以上残っても、あれ以上のものがある可能性も少ないじゃん、と。そして帰ったら帰ったで、まだ、新潟に帰る、っていう選択肢もあるじゃん、と。東京じゃ、もうスパイダーマンもやってるしさ。

ということで帰ることにします。

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2007年5月 9日 (水)

まちゃみん ぶらり旅⑥ 八丈島2日目22:00 ~八丈富士にカンゲキ

いやあ、まずは、無事、宿に帰ってこれたことを喜んでイイんじゃないか。

まあ、こんな宿でゴロンとしてるとね、平穏そのものでね。だから、すぐ忘れちゃうと思う。だからこそ、大自然の中にいたことをできるだけ忘れないうちに記録しておきたい。

もっともすごかったのは、八丈富士の山頂でね。これは、正直、知床位のインパクトはあった。いや、あとで書くけど、午前中に行った、南原千畳岩海岸もイイなあ、とは思ったけど、その感動を軽く塗り変えてくれたね。

なんちゅうかね、大自然。大自然、ってスゴイ。これに尽きる。

八丈富士。登山道を登って尾根に着いたら、もう風がびゅうびゅうなわけですよ。はっきりいって普通に立ってるとまちゃみん自体が風で飛ばされる。メガネも押さえてないと、飛ばされる。ほんとだよ。全然誇張してません。そんで、見ての通りの霧で10メートル先が見えない、という状況(写真)。Img_3941_2

しかも、足腰はバテてる。なんつたって、1時間30分以上、自転車引っぱって、坂道を登って、さらに、階段状に整備されてるとはいえ、登山道を30分近く登ってるからね。距離はわからんけど、高さにすれば800メートル程度。そして、午前中は、昨日の今日、という状況で3時間弱自転車で走ってるからね、そこそこのアップダウンを。ということで動きっぱなしでバテバテでね。

登山道の終わりは尾根になっていて、分岐点になってる。50センチ位の杭が立っていて、山頂か、神社か、尾根1周、という3択だった。まあ、戻る、も入れると4択か。まちゃみんちょっとどうするか考えたかったんだけど、分岐点のとこになんか意味わからん人がいてさあ。まちゃみんあんまり居たくなくなった。なにか、って、そんな状況で、分岐点の杭のところで、ゲームボーイやってるあんちゃんがいるんだぜ。最新型のやつ。キモい、っちゅうねん。こいつ、ちょっと写真撮ったろか、と思ったよ。なぜ、こんな状況でゲームウォッチ? だって風びゅうびゅうで、10メートル先も見えねえ、っていう濃霧だよ。わかんねえ。しかも、アイサツもないしさあ、このまちゃみんつかまえて。でも、なんか、昨日から、まちゃみん、自然の中、というシチュエーションにおいてはとことん人に対して、冷たいね。民宿とか寿司屋ではそこそこゴマすったりしながらイイ人を演じてるのに。

ということで、分岐点の杭のところで、山頂ルート、で即断。強風と霧、でコンディションが相当怖い、にしても。やっぱ、山頂でしょう、こういう場合。854メートルの頂点極めたいでしょう、ここまで来た以上。

それにしても、ほんとに、だいぶ不安。気象条件が。しかも、まちゃみん、半袖、半ズボンだもの。自転車引いてる時点で寒い、って気づいたんだけど、もう後戻りできない、っちゅうねん。いや、山をナメんな、って怒られるかと思って歩いてた。実際、登山道登ってる時、ちょっと怖かった。すれ違いざまに、呼び止められて説教されるんじゃないか、って。その格好はなんだ、とか言って。854メートルをナメんな、って。でも、結局、すれ違った人はひとりだけ、という寂しい状況でね。逆にちょっと怖い状況ですよ。だってこの状況で、万一アクシデントで動けなくなったら、どーすんの、って。間違いなく、誰にも発見されないぜ、って。

Img_3960Img_3965 ということで、山頂の分岐点の尾根の状態なんだけど。もう、スゴかった。まず霧で10メートル先も見えない。だから怖さ倍増。そして何より怖いのは、繰り返しになるけど、その強風のなか、断崖絶壁なのよ。なんか、切り立った崖の上が道、っていう状況。まさに剣が峰(写真)!! 立っていられない。これ、風がなくても相当怖い、と思う。写真では風の強さが伝わらないのが残念。ほんとに立っていられない。まちゃみんビビりだから常に中腰。もっと強い突風が来た場合にすぐに地面にはいつくばれるように。それほどの風。だって、周囲は断崖絶壁だから。いや、正直、霧もあって、ほんとに断崖なのか、ってわからないけど、間違いなく、10メートル先位までは急勾配でね。落ちたら、無事じゃないよ、って感じなの。

で、ところどころ、岩剥き出しのところよじ登んないといけないしさ。どこまで行ったら頂上かわかんないしさ。そして、道は、草が生えてないところなんだけど、途中、微妙なとこもあんのよね、どっち行ったらイイの、っていうところと、なくなりかけてね、これ、ほんとにこっちで良かったん? っていう。

Img_3962ということで、相当ビビりながら、15分位行ったのかな、そうしたら、ついに見えましたよ。一段高くなったところに、杭が。それまでも矢印とかあったけど、それよりでかいので、あれっぽいな、と。写真の通りですけど。

これは、ちょっと嬉しかったね。854メートルを制覇した、と思って。しかも、まちゃみん、海のほど近くの民宿からだから、完全に人力だからね。そして、まだ、ちょっと怖かったね。やっぱり、あいかわらず風、びゅうびゅうだしさ。ということで、うれしさ半分、怖さ半分。 Img_3945

で、さらに、尾根1周の道はまだ続いてたけど、とてもじゃないので、怖いので折り返し。帰りは、もう、だいたいの距離感はつかんでるとはいえ、風は強く、やっぱり怖い。そして、道、間違ってねえか、って不安。だけど、帰りの方で写真は多く撮った。帰りは10分位で戻ってこれた、と思う。

分岐点のとこまで戻ってきたら、さっきのゲームボーイのあんちゃんが今度は歩いてくるまちゃみんのことを写真を撮ってる。キモい。断りもなしにさあ。こういうヒトケのないところなんだから、そういうとこ気をつかえよ。だから、逆に、山ですれ違う時アイサツするのって、わかるよね。やっぱり、こういう場所では仲良くしようぜ、へんな気を使わないでイイようにしようぜ、敵意ないよん、って。で、なんかあったら助けあおうぜ、っていう意識の表明だよね。アイサツ、って。でも、気にしないでおこうと思った。

さて、さっきの分岐点に戻ってきたら、15:00。まちゃみん、山頂まで、もうちょっと時間かかると思ってたから、余裕ないかな、と思ってたし、もうちょっとバテバテかな、と思ってたんだけど、意外にいけそう、という感触だった。さらに、火口までの道をちょっとだけテストとして歩いたら、風はあんまりない、っていうことと、霧も薄い、ってことでね。で、パンフレットを見たら、火口の湿地帯まで、往復50分、とのこと。神社もそれ位なんだけど、まちゃみんは、北海道旅行で、山の上の湿地帯の綺麗さがインプットされてたので、湿地帯を選択。民宿のメシは6時なので、十分いける、と読んだ。

で、Img_4013行ってみたけど、正直そんなに綺麗じゃなかった。だいたい小さいし。単なる泥沼? 全然期待Img_4020はずれ。でも、時間は全然かからなかった。片道10分位。だもんで勢いをかって、神社にも行ってみることにした。こっちの方は結構イイ感じだった。苔むしててね、なんか、千と千尋の神隠し状態だった(写真)。

ということで、尾根1周はできなかったけど、八丈富士のイイとこはだいたい押さえることができたと思う。まあ、晴れてて、そして、風がなければ、尾根一周もできて、そして、景色も絶景で、もっともっとカンゲキできたのかもしれないけど。まちゃみんとしては頂上のあれで、だいぶ満足。いや、良かった。ほんとに。まちゃみん、独身でこういうところに来れて良かったよ。

帰りは、自転車で2、3回しかこがずにわずか、15分程度で帰ってきた。2時間近く登った道をだよ。そして一本道。底土港から、1本道なのね。そして、一方的な坂なのね。

というわけで、これ以外の旅程は以下。ダイジェストで。だけど、明日どうしようかなあ。明日、明後日は、まだまだ丸々一日づつ遊べるからね。あー、どうしよう。明日考えよう。

9:30民宿出発
島周囲残り半分の八丈富士周りを回ることを考える。でも、三原山周りに較べて、お椀型の八丈富士の周囲は、道自体は絶対険しくないはずだから、半日で回れるんじゃないか、と思う。そうすると、午後は空くんじゃないか、と。ならば八丈富士に上れるんじゃないか、と考える。そうすると、余った時間で、5月5日の船は取ってあるけど、予定を繰り上げて、さらに三宅島に北上する、というのもアリ、かと考える

10:30南原千畳岩海岸Img_3869
Img_3875 ここは相当掘り出しものだった。溶岩が流れこんで、固まった跡だという。海の青さと、岩の黒さ、そして、打ちつけられる波の白さのコントラスト。そして、何キロかに渡って、それが続いている。これが、何百年か前に流れ込んだドロドロの溶岩かと思うとね。まあ、陳腐な言葉だけど、雄大、だった。左の写真をクリックしてアップしたものを見るとわかると思うけど、真ん中あたりに人が映っています。この岩がいかにでっかいか、ってわかります。右の写真は岩の表面。  

10:50青ヶ島遠景Img_3883
全然見えなかったけど。その青ヶ島自体は。かつて、土用の日に、セックスに飢えたヤロウどもが、泳いできてたんだって、その青ヶ島から、この八丈島に。いや、いつの時代かしらんし、何キロ離れてるんだ、っちゅう感じだけど。そんで、ナオンの方も、それを迎えるために草履を用意をして待ってるんだって。それが、ここです、と。その一途さに心打たれて野口雨情も一句をひねった、という。そうなの? おまいら、そんなにセックスしたいのか?

11:20オコジョ?Img_3888
こいつら、3回位見た。

 

 

11:40抜き船
八丈島は、流刑地だった、という。その数2000人近く。で、島を抜けて本州に戻るために、船を出すことを抜き船、と言う、とのこと。記録によれば11件トライされていて、そのうち、成功したのは、1件だけとのこと。あとは、海の藻屑と消えましたとさ、とのこと。で、かわいそう、って言ってるのよね。でも、なんか、おかしいなあ、と。

だって、そもそも、犯罪者なわけでしょ、と。かわいそうもクソもないじゃん、と。だけど、まあ、そうだとすると、ここの島の人も犯罪者の子孫なの?! ということで、機会があったら、どういう種類の流刑地なのか調べてみようと思う。でも、ここまでで、何回か、流刑地、流刑地、って言ってるのを見たけど、理由が書いてなかった気がする。やっぱり、親戚縁者がそれでも、多くいるであろう、島民感情に配慮してるのかなあ。まあ、おおげさかもしれないけど、やっぱり、世の中、というのは、何が語られてないか、というのが重要だと思うのであった。

12:00寿司屋着
ようやく、寿司を食う機会に恵まれた。こんな島に来て思ったほど魚が食えていない。ほんとに、飲食店すら満足にない感じだもの。で、ようやく、と思って寿司屋に入ったら、そこの店のおっさんがイヤな感じでさあ。

まちゃみん入ったら、先に来てた客に、注文すんのが、遅い、とか、軽く問いつめてるの。しょーもなっ。その割には運ばれてくるのは遅いんだけどね。そして、運ばれてきたら、運ばれてきたで海苔巻きから食え、とかウルサいし。曰く、しけるから、とのこと。でもそんなん大きなお世話だろうよ。先に食った方がオススメよ、位に言っておけよ。

だから、講釈はいいから、早く持ってこい。

Img048 味は、まあまあ、普通に美味しかった。そこは公平に。でも、ほとんど白身の魚だけだった。バランスを考えろ、バランスを。あとは、マグロとイカだけ。まちゃみん食いたかったアジは入ってなかったので、注文したら、アジ自体、今日は入ってない、とのこと。入れとけ。

ウド鈴木とか、まいうーとか、芸能人の色紙が誇らしげに飾られていた。バカみたい。

言っとくけど、まちゃみんは店のなかでは、こんなことは口に出さず、あくまで、スマイルのイイ人で通してます。

12:30寿司屋出発
登山口までの道を自転車をひいて登って登って登りまくる。

14:10登山口到着
14:50山頂(854m地点)到着
上記の通り。うれしさ半分、怖さ半分。

15:00火口下り開始
上記の通り。神社は拾いモノだった。

16:10自転車下山開始
途中2、3回しかこいでない。一本道をひたすら下る。

16:30民宿到着

というわけで盛りだくさんな1日。

いや、マジで明日どうしようかなあ。さすがに筋肉痛がくるんではないか、という予感。

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2007年5月 8日 (火)

まちゃみん ぶらり旅⑤ 八丈島2日目9:00 ~嵐があけた朝

ほんとは夜、酒飲みに出たかったりしたわけだけど、あれじゃあ、無理。すんげえ、びゅうびゅうだったよ、雨風で。そして何回かうなされて目が覚めた。おお、足が疲れてるよ、という感じ。

結局もう1泊ここで泊まることにした。あまりにも普通にマトモなのがよろしくないけど。こういうのって、やっぱり、また、探すのがメンドウになっちゃったりするのよね。でも、まあ、今日、また島半分走ったら、泊まりたくなりそうなところも出てくるかもしれない。ほんとにホテル、っぽいところがあったらそこでもイイ、と思ってる。日記もアップできるかもしれないし。

東電のパビリオンでもらった各種パンフレットをさっき読んでいた。山には、やっぱり、登りたい、ということと、ちょっと、フラッと釣りに行けないか、と思ってる。それで決めようと思う。5月5日まではやっぱり結構長い。三宅島に戻る、ってのもひとつアリ、な選択だ。三原山の方は、ちょっとパンフレットを見ると険しすぎる印象もあるので。だけど、八丈富士の火口はみたい。

今日は八丈富士周りを1周してこようと思う。
それで決めようと思う。

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2007年5月 7日 (月)

まちゃみん ぶらり旅④ 八丈島1日目16:30 ~八丈島半周

◆上陸
9:30きっちりに八丈島、底土港に着岸した。案の定というか、ウィルコムはつながらない。そして、何もない。びっくり。そして意外に寒い。雨も若干ぱらついている。もうちょっと南の島、という感じがするかと思ったが、案外普通。あるいは、鹿児島位なんじゃないか、緯度としては。あとで緯度調べようと思うけど、間違いなく、何年か前に行った本土最南端の佐多岬よりはずっとおとなしい。要するに、実はそんなに暑くない気候の感じがする。

◆民宿確保
港のすぐそこの民宿にさっそくとびこみで一泊の予約。意外に寒いし、天気がはっきりしないので、とても、テントで寝る気はしない。船の予約もしようとしたが、すぐにはわからん、という。連絡の取りようがない。ドコモだったらそこそこつながるらしい。さすが元国策会社。最大手。結局、まちゃみんの方から落ち着いたら電話することにする。まあ、なんとかなるだろ、という感じ。

さて、島一日目。どうするか。船に乗っているときおぼろげに考えていたのは、八丈島はひょうたん型の島だという。要するに、山がふたつある地形なのよね。で、その、山と山の間が、そこそこ平地になっていて、唯一、そこそこ開けた町だという。なので、1日目は、島の外周を自転車で1周してみよう、と。そしたら、島の感覚、間隔がだいたいわかるだろ、と。で、翌日、翌々日で、それぞれの山に登ってみよう、と。まあ、それくらいのことを考えてた。もう、7島全部行こうなんて、全然考えてない。

◆登龍峠
荷物を、飛び込みで泊まることにした民宿において早速出発。10:00過ぎだった、と思う。八丈島は、綺麗なお椀型の八丈富士と、複雑な形の三原山からなり立っている。地図を見たところ、三原山の方が道が険しそうだったので、一日目の最も体力ある今のうちに、厳しいところを行っておこう、ということで、三原山ルートを取る。まずは、登龍峠を登る。

いきなり若干萎える。すんげえ上り坂で、うねってる。まさに登り龍。だもんで、とても、自転車をこいで走れない。地図上で、直線距離2~3キロのところ、自転車を押し続けた。1時間以上。さっそく、島一周なんて無理、と思う。全然、進まない。そして、これじゃあ、知床半島も無理、と思う。

初日で体力一番ある時なのに。そして、八丈島で最も景観がイイ、との、登龍峠展望台に到着。しかし、まったく、どこが、という感じ。若干萎えるが、まあ、今回の旅の目的として、身体をいじめよう、というのもあるからイイか、というのが若干の救い。

それにしても、虫とかあんまり見ない。もっとうなるようにそういうの見るかと思ったけどねえ。植物はなんちゅうかガサツな感じ。まちゃみんは養老先生の本とか読んでるせいか、そう思っちゃった。養老先生の本読んでなくてもそう思ったかなあ。要するに手入れされていない、っちゅうか。まちゃみんは明らかにまちゃみんの故郷の上越と比べていた。上越なんて5月のゴールデンウィークって、田植えとか山菜取りの季節じゃなかったか。そんでそろそろ虫とかうなるように出てくる時期じゃなかったか。まあ、上越も年々虫とか、小川の生き物とか少なくなっていった。まちゃみん小学校2、3年のころはぎりぎりホタルも見た記憶がある。

なんか、八丈島は、そのころの上越より植物とかはガサツなのに、虫とかはいない気がした。こういうところに来ると、ほんとにまちゃみんのルーツの上越って、身びいきはあるけど、素晴らしいとこだったと思う。自分ちの木に普通に、クワガタとかカブトムシとか、樹液を吸いにたかってきてたし、意外に海と山両方あるし、まちゃみん、子供のころに、どんどん小川のイキモノとかが少なくなっていく経験ができた、とか、なんちゅうか、まちゃみんは、自然、というものを語ってイイ資格があるような気がする。まちゃみんの子供のころの上越は、今の八丈島よりナマだった感じがする。けど、最近、上越に帰ってゲッっとなったのよね。新幹線を通すとか言ってさ、田んぼとかつぶしてんだよね、北陸新幹線。あと、単に小川だったのを造成して、コンクリで固めちゃったりさ。なんか、ちょっといたいけな自然が蹂躙されてるような気もするよね。いや、都会で生活してる、まちゃみんがこういうことをいうことは茶々入れにしかならないけどね。

◆末吉
話はそれたが、ある程度行ったら急に下りになってきて、それまでの坂を登った貯金をザクザク使う感じで下っていく。こんな無駄使いしていいのか、と思うが、それまでの牛歩が幻であったかのようにあっというまに末吉という町に着く。

末吉は町というか、小学校と、雑貨屋みたいのが、一軒あるだけ、というところ。まちゃみん、昨日の昼以来何も食っていないため、空腹であり、この雑貨屋で、それでも、この島っぽいものを買って食べようと思ったが、生のものは、野菜しか置いてない。でも、机とお湯が置いてあって、カップラーメン食ってイイよ、というスペースがあったので、そこでカップラーメンを食う。いや、まちゃみん、ここは島なんだから魚が食いたいんだけどね。

12:00ちょっとすぎに出発。末吉は、距離的に、三原山中心にして、港まで戻るのに6分の1位に見えた。このペースだと、途中で完全にヘロヘロだな、と若干ゲンナリする。そして、さらに悪いことに、ここで、道を間違える。行き止まりが待っている下り坂をぐんぐん下ってしまう。はやめに自転車を止めて、地図を見てみればイイものを、ブレーキをかけるのが悔しくて、止まれない。結局行き止まりまで行ってしまう。

末吉に戻る。30分位余計な時間をかけたと思う。

ここからがつらかった。またさらに上り坂。まあ、今になってみれば、上り坂はここがピークで、あとは、たいしたことなかったんだけどね。雨以外は。結局、こういう旅、って、先に何が待ってるかわからんとこがツライとこであり、オモシロいとこでね。

◆名古の展望台
続いてある程度登ったところで、名古の展望台、というのがあり、寄り道。入場料200円。展望台、というか、単に崖の上なんだけど。まったくヒトケがなく寂しいことこの上ない場所でね。実際人も全くいないんだけど、で、入っていったらどこからともなく、80近いんじゃないか、というおばさんがでてきて、200円だよう、という。え、まちゃみんが来たことなんでわかったん? という。若干怖い。そして、200円という価格はどうやってはじき出されているのか。よくわからない。

しかし確かに見晴らしはすばらしい。若干曇ってるにしても。高さ何メートルくらいなんだろう。海抜100メートルはいってるんじゃないだろうか。ほとんど直角か、というような勾配の上に、コンクリのブロックを腰のあたりまで積み上げただけの「展望台」なのだが、だからこそ、というか、なかなかの見晴らし(写真)。 Img_3805_1ちょっと身を乗り出して下を見ると自然の勾配と高さでまさに目がくらむ。

◆火サスか(タカトシふう)
と、ここでさらにびっくりする出来事が! まちゃみんおっかなびっくり下を見たり、写真撮ったりしてたんだけどさ、気づいたらトシの頃なら30台後半のナオンがまちゃみんの後ろにひとりで急に立ってるんだよう。びっくりする、っちゅうの。こんなヒトケの少ないところで。まちゃみんがゴルゴ13だったらアンタぶっころされてますよ、ってなもんですよ。こんな怖いとこで急に後ろにいないでよ。

しかもさあ、まちゃみん、前、お見合いパーティーみたいのに行った時にさあ、全然お互い本気じゃないのに勝手に2次会とか設定して酒飲みに行ったりして、最終的にすんげえ気まずかったナオンに似てたのよね、年といい、顔といい。そういう意味でもまちゃみんびっくりですYO! まちゃみんさっさとその場を立ち去ろうとしたんだけどさあ、写真撮ってくれ、っていうのよ。いや、イヤだ、っていうわけにもいかないじゃん。イヤなんだけど。

で、そんときにさあ、カメラを渡されたんだけど、なんかさあ、やたら、左手の薬指を見せるような渡し方すんのよね。いや、まちゃみんにはそう見えた。もちろん何にもワッカがはまってないノーマル薬指ですYO! やめてよ、まちゃみん、前の前の彼女に仕込まれて、そういうの意外と見ちゃう方なんだからさ。わしゃあ、もっと怖くなっちゃってさあ。だってさあ、どう見てもジモティーじゃないナオンが、ひとりでこんな崖の上にいるんだよ。そして幸厚そうにはとうてい見えないからね。なんで急に火サスみたいになってるか。

写真は、結局2枚撮ったけど、両方ともすげえ暗い表情でブサイクにしか撮れないしさあ、まちゃみんさらに怖くなって、その場から逃げるように立ち去りましたYO! 怖いYO! 怖い!っちゅうねん。

いや、彼女には悪いけど、たぶんまちゃみんがこのシチュエーションを必要以上に怖がっちゃうのは、それがまちゃみん自身の何年か後の姿だからなの。正直に告白するけど。だからちっとも笑えないよ、ほんとに。

◆東京電力地熱館
さて、この名古を過ぎると、さらに坂道が若干続いていたが、すぐに中之郷という村落に至る。この辺から雨が降り出す。なんか道的にはすごく順調になってきたのに。

この中之郷ではまちゃみん、もう行くところは決まっていた。東電の地熱館というのがある。地熱発電の仕組みを教えてくれるとこらしい。東電がカネにあかせて、環境にそぐわないパビリオンを立ててんだろう、と、ちょっと揶揄してやろうというのが大きな目的。

ということで意地悪な気持ちでいくのだが、施設自体はまちゃみん好意をもって受け止めてしまった。本気でオモシロかった。まあ、やっぱりとてもじゃないけど島の人の意向とは思えなかったんだけど単純にパビリオン自体の仕掛けとか、説明のバランスとかね、これが非常に良くて。これなら、やってもイイよ、東電、と思ってしまった。まちゃみんの会社でも新社屋にしようとして今の展示スペースも移管するわけでしょう。また、広報がやると思うんだけど、こういうのにした方がイイよ。まちゃみんに任せてくれるんだったら今日のこのイイバイブレーションを元にイイのができそうだけどね。

内容は地熱発電自体の仕組みと島の紹介、という感じ。島自体がどうやってできたか、ってとこから入っていって、だから、まあ、地熱もできますよ、っていうことで。さらに地熱発電自体の仕組みの説明。曰く、地下何百メートルかの地層にキャップロックという地層がある、と。で、そのキャップロックっちゅうのは水を通さない性質です、と。で、キャップロックの下は、300度近い高温なんだけど、水が気体になれないで溜まってます、と。だもんで、そこに穴をあけてパイプを通してやると水が一気に気化して出てきますよ、と、圧力がかかってないところに逃げていくから。そんでその蒸気でタービンを回す、と。なるほどね、と。

で、電力としては、島の夜の最低電力は賄ってますよ、と。電気、というのは基本的に貯められないので、昼に比べて、電力が少ない夜も作り続けなければいけないけど、その夜、分位は、この地熱発電によって賄ってます、と。こういうことだった。

ただし、いただけなかったのが、地熱発電の説明の映像。いや、すごくわかりやすいんだけどさあ、すんげえドサクサに紛れて、さらっと、原発と同じで二酸化炭素発生しないよ、だからイイでしょ、地熱発電は、と言ってたところでね。そういうのヤメレや。原発プッシュ。いや、まちゃみん原発に対して、深く考えてるわけじゃないけど、このドサクサ感はよくないと思うよ。ドサクサ感と誰に対してのメッセージかわからん感。

この地熱館は2階建てになってる。で、2階は、ガラスがふんだんに使われてて、周りを見渡せる作りになってる。そんで、実際に、地熱発電の建物を見て、タービンはどこか、とか教えてくれたりする。あと、風力発電もあって、横で、でっかいプロペラが回ってるのを見れるのよね。

そして、2階には資料もいっぱい閲覧できる。電気の本や、島の本がある。まちゃみんはここで30分位、島の資料を見てた。名所旧跡だとかね、島の植物、動物を紹介してくれてる手作りの資料もあったりして、色々知識を仕入れることができた。八丈島は流刑地だった、というのもここで知る。

◆移動
地熱館を出て、移動。ここから雨が強くなる。まあ、しょうがない。携帯とか電子機器関係をビニール袋に入れて、自転車をこぎ続ける。やっぱり、ピークは、登龍峠と末吉のあとの名古の展望台あたりまでだった。その後は、アップダウンはあるにしても、そこそこ走ることができる。

大坂トンネル、という島唯一?のトンネルを抜けると展望台がある。ここの景色もそこそこ良かった。晴れてたら、もっと良いんだろうね(写真)。Img_3814 そして、ここになぜか、ポツンと電話ボックスがある。全然必然性が感じられない。けど、まちゃみんとしては、帰りの船が取れたかどうか、電話できるので好都合。ただし、電話は壊れかけ。潮風に吹きさらしだから、当然か。度数を表示する液晶は映らないし、ボタンは、押せないし、押したら押したで戻らない。悪戦苦闘。船の予約自体は無事5月5日で取れた。

ところで、この島、って信号が全然ない。ここまでで1個しか見てない(まちゃみん後註:最終的には、島全体でも、5個位しかなかったと思います。マジです)。

それにしても、ここを抜けるとすぐに、街についた。街全体も若干、坂があったりするけど、それでも、なだらかなので、サクサク進む。街で一番活気がある感じだったたのは、警察署。建物も市役所についででかいんじゃないか。どう考えても、こんなにデカイ必要はない、と思ったけど、東電もそうだけど、要するに、島の人は、こういう都会の資本を相手に生活してる、みたいなとこもあるんだと思う。治安という意味では不必要に大人数の警察官もカネ落としてくれる、という存在としては、大きいことに意味はあるわけでしょう、きっと。結局、16時過ぎに民宿に戻ってこれた。

◆民宿
普通にマトモなのよね。ちっとも面白くない。普通すぎて。メシもまともだし、風呂もまともだし、部屋もまともだし。テレビも東京と全く同じに映る。ここが東京都だとしてもさあ。

それにしても、メシ。良かったのが鰺の刺身。まちゃみんが鰺が好きだ、って知ってたのですか。色艶だけで、ある意味、うまい、ってすごいアピール来てるもの。そして、やっぱり、うまい。うーん満足。

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2007年5月 6日 (日)

まちゃみん ぶらり旅③ 八丈島1日目9:00 ~旅の前提

船はだいたい時間通り。

いや、今回ね、会社が何年かぶりかの9連休なのですよ。ここ2、3年、盆も正月も最長で7連休とか、あいだで出勤日挟まっちゃう、とかだったので。

そんで、まちゃみんが前の前の彼女と別れてからハマってたのが北海道でさあ。バイクでね。ほんとに夏の北海道をバイクで走る、っていうのは、この上なく楽しいのよ。とにかく気持ちイイの。景色はイイし、信号とかもほとんどないし、クルマ自体も多くないし、要するに走り易いし、気候もイイし、対向車線のバイクに手を振ったりしてね。バイクで来る、ってことのバイク乗り同士の押しつけがましくない連帯感みたいなものも、慣れるとちょっと心地良いのよね、偏屈モノのまちゃみんであっても。あと、たいがいイイ人だよね、北海道の人は。夏の北海道は、そこをまちゃみんがバイクで走るためにあるんじゃないか、っちゅう位、なんちゅうか、好ましい場所なの。

一昨年位までは夏は3年連続で北海道に行っていた。そうするとね、たとえ7連休だとしても目一杯使っても実はちょっと食いたりないのよね。だってさあ、実は北海道って行くまでがたいへんなんだもの。ということは、もちろん帰ってくるのも。いや、北海道行きだしたころ、って、バイクに乗ってることそのものが楽しかったからあんまり東北道も苦にならなかったんだけど。東北道、って、確か、延々と7~800キロあったはず。そうすると高速道路を延々と休みなしでぶっとばして7~8時間ってことだからね。これは、250ccのバイクではそうとうツライのよね。

だいたい休みなしなんてあり得ないし、まちゃみんはあんまりスピード出さないほうだから、っていうか、250ccのバイクって、常時100キロ、っていうのもあんまりないし。だからやっぱり青森まで行って、フェリー乗ろうか、っていうのまでが、丸1日がかりなのよね。そんで、フェリーだって、なんだかんだで時間かかるしね。

いや、もちろん、茨城とかさ、東京からも出てると思うけど、長距離のフェリーってのももちろんあるんだけど、まちゃみん、そもそも計画的にできん人だし。だからこそのバイクだし。

というわけで、何が言いたいか、と言うと、7日間だと北海道というのは非常に食いたりないの。要するに、前後に遊びの日を入れないと、正味4日とかなのよね、北海道に居れるのは。これは短いよ、バイクで行った場合には。北海道は走ってること自体が、相当楽しい、とは言え、北海道、って北海道自体がめちゃくちゃでかいからね。もうモノサシが違うから、北海道って。だから、たとえば、知床行って、しかも、札幌で遊ぶ、とかって、ほとんど、単に、知床と札幌を往復しただけみたいになると思う。それに本土行きのフェリーには、小樽とか苫小牧から乗らないといけないし。どっか途中で遊ぼう、とかほとんどなくなるよね。

ちなみに、北海道のなかではまちゃみん知床が好きなの。知床はねえ、世界遺産になってる通り、もう、どこを取っても、イイの。知床行くたんびに写真撮ってさあ。で、これの先端、って行ったらどんなにか、イイんだろう、と。まあ、夏の知床だけどね。というか、夏しか行ったことないから。北海道の東端っていうのは2つ、つの状の岬があんのよね。下の方は納沙布岬と言って日本本土の最東端ね。バイクで走ってると、岬の先端っていうのが目的地になったりするんだけど、知床はほんとの先端には舗装された道路はない。で、上の方が知床で。この知床のほんとの先端に行くには、たぶん直線距離で20キロ位は人力で動かないといけない。まちゃみんは、一昨年、思いつきで、この知床岬の先端に挑戦したのよね。地図で見たところ直線距離で20キロ位だったから、すんげえ急いだら往復で40キロ強位だから、1日で戻ってこれるかな、ってね。

ところが、というか、よく考えれば当たり前なんだけど、あの半島を1日で行って帰ってくる、ってトンデモないよね。まず、まちゃみんのような素人には絶対無理だよね。当たり前の当たり前だけど舗装されてないからね、道が。こんな感じ(写真)。Img_3088 普通の生活で20キロなり、40キロ歩く感覚は全く通用しないからね。まちゃみんはたぶん5キロ位行ったところで、これは無理だ、と引き返してきた。5キロでも這々の体だからね。とてもじゃないけど、野営できる準備をしていかないと、行っちゃダメだね。で、野営の準備をする、って結局、食料、テント寝袋等が増えるから、さらに移動がつらくなるはずだしね。だって5キロ位までだって、海岸線だけど、30~50センチ位の天然の岩がごろごろしててさ、歩くこと自体に神経を使わざるえなかった。その時は、ほんとに軽装だったにもかかわらず、だよ。

そんで、海岸線も一部、岩が切り立って、海と接していてザイルが打たれたような岩場をよじ登っていかないといけないところもあるしさ。でそこを過ぎると今度は山道でね。かろうじて、道はわかるんだけど、っていう山道だしね。熊も出る、っていうしさあ。ということで、相当の準備が必要なのよね、知床岬の先端を制覇するためには。で、なんとか、身体が元気なうちに行ってみたい、と思ってるわけですよ、まちゃみんは。

北海道の話で、なかなか本題に入れないんだけど、とにかく、久しぶりの9連休だから、なんか遊び尽くさなきゃ、って急に、追い立てられるようになってんのよね。1週間位前になって。いや、北海道行ってるとさ、あと1日あれば、これができたのに、って思ったりしてたから。

なんだけど、北海道はまだ寒そうだから行くつもりねえなあ、って。南だよね。で、一瞬、海外、とか行ったろうか、と思った。グアムとかハワイのリゾートじゃなくてね。東南アジアのがちゃがちゃして、とにかく意味もなく暑いようなところに。学生の時に沢木耕太郎に影響された後輩に誘われて嫌々行ったけど、最終的には、旅行の良さに開眼したタイに行ってみようかと思ったのよね。ゴールデンウィークは高いのは知ってるけど、カネなら出そう、と。でも、聞いたらさ、1週間前に行こうとしても、厳しいよ、と。まあ、そうかな、と思う。加えて、あと、タイって意外に高いのな。15万位が最低ラインじゃないかな。これは、思ったより高かった。後輩と、学生時代、タイ、マレーシア、シンガポールに、2週間バックパッカーで行った時の総額のつもりでいたのが間違いだったね。2週間行ってて、15万以内だったと思う、エアー代、現地での宿泊、3国間の交通費、通常の生活費、全部込み込みでね。だから、やっぱり、高いんだね、社会人が行こうとすると。

で、海外も早々に諦めて。一瞬、韓国、香港ってのもあったけど、結局、都会だからさ、韓国、香港って。なんか言葉が違うだけで、というか、都会なんかは、言葉が違うからこそおもしろさ半減のような気がするしね。だって、都会だったら、やってることは、東京とさして変わんない気がするから。

あと、今回の重要なファクターとして、身体を動かしたい、ってのがあったのよね。なんかさあ、明らかに、足とか細くなってきててさ。そりゃ、ラグビーしなくなって何年経つんだよ、って状態なんだから当たり前だけどさ。そして、知床半島制覇も視野に入れてね。だから、一瞬、自転車で新潟まで行ってみようかな、とも思った。でも、原付き含めて、何回かバイクで帰ってるからね、新潟は。道がだいたい同じだとつまらんだろうな、と思って。この前買った自転車、そこそこイイ自転車だからね、2万円で。いや、まちゃみんも、何十台も自転車乗ってるとイイ自転車かどうか、ってなんとなくわかる。壊れない自転車か、どうか、ってね。この自転車なら、ある程度、無理できるだろ、ってのがあるの。それにしても、これくらいの自転車が2万位で買える、ってほんとにイイんか、と思うね。誰か、たいへんなことになってない? って。

で、最終的な候補としては、屋久島もイイな、と思ったんだよね。けどなんか、屋久島自体がめちゃくちゃ遠いのがちょっとイヤだな、と思った。2年くらい前に佐多岬にバイクで行ったとき、ひたすら遠かったからね。そんで最後の最後で思いついたんだよね、島つながりで。伊豆七島っていうじゃんか、と。9連休で、伊豆七島、全島制覇する、ってこれは、話としても面白いな、と。そして自転車も乗れるんじゃないか、と。そういえば、社会人なりたてのころ、やったよ、と、プロ野球のホーム球場全制覇、とか。なんちゅうかね、ちょっとヤラシイ思いとして、休み明けに、休み中に何してたか、面白おかしく話せるようにしといた方が心強い、ってあるからね。正直、7島制覇は、船を調べた段階で、月曜からでは無理っぽいと思った。七島と言いながら、大島中心と、八丈島中心で、全く、船は行き来してないからね。

じゃ、どっちに行きたいのか、って言ったら、八丈島でね。よりワイルドな感じがしたし、さらに南に、青ヶ島っちゅうのがあって、選択肢も広がりそうだし。あと、まちゃみんはめんどくさがる、って自分でわかってたけど、ガスマスクが必要で、自転車ではところどころ走れない三宅島とか、宿泊入れてないと上陸できない御蔵島とかね、まあ、ホンキで気が向いてきたら、八丈島でも手配できる、と思って。

そんで決めたのよね、八丈島に。最終的には、北海道を除くと、結局、9連休ならでは、って実はあんまりないことに気付いただけでも結構収穫じゃないか。ちょっと、自分自身の旅なのに、ここまで理屈こねなきゃいけない、というか、こねたくなるのも、ちょっと悲しいけど。

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2007年5月 5日 (土)

スパイダーマン3(SPIDER-MAN 3) 観た 感想です~最後の30分でアメリカ様の深層心理が流出

もう、まちゃみん、2は大絶賛だったのよね、スパイダーマンって。当時の日記を読むと、おばちゃんの演技がイイ、ってことと、演出がイイ、ってことと、無理に最後にアクションで終わらないとこがイイ、って言ってんのよね。

3もね、すごくイイ。すごくイイです。なんかねえ、イイですYO! まちゃみん、ほんとに楽しめた。なんかねえ、最近は、映画観てても、このブログをやってるがために、映画をネタになんか屁理屈こねよう、みたいな、若干ヨコシマな気持ちで観てたりすんのよね、ツッコミ目線で観てる、っちゅうか。だけど、この映画は屁理屈こねるの忘れて夢中で観てた。

ただ、最後の30分。ちょっと説明しすぎで、せっかく盛り上げてきてるのが、若干、まちゃみんとしては、興ざめになっちゃったね。いや、ぶち壊し、ってわけじゃないんだけどさ。

あの執事のジイさんに、説明させたり、とかさ、あの砂男もほんとは、叔父殺しじゃなかった、とかさ。いや、あの黒い物体もあんまり説明してないんだったら、それも、別に、理屈つけなくてイイじゃん、と思った。というか理屈をつけるのはダメだと思った。

結局、皆、望んでいない、生まれながら、のカルマを背負ってるわけだよね。そこに本人に罪はない、という。善い人なんだけど、不可抗力でそうなってる、と。そして、それが連鎖してる、と。前半はそれを延々と描いてるわけだよね。要するに、そのカルマというババを、耐えきれずに、他人に廻してしまってるんだよね、皆。人間は弱い、と。でも、それを責められますか、と。だけど、それは、生産的なことじゃないんだ、と。どっかでその負の連鎖を止めようよ、と。あのバアさんがそう言ってたよね。

だからこそ、さ、あの執事の爺さんに説明させて、それなら、ってことで、スパイダーマンを助ける、っていう、そういう理屈をまちゃみんはつけて欲しくなかったのよ。スパイダーマンを助けるのに理屈はいらない、と。善い心がそうさせたんですよ、って、そうして欲しかった。個々の人間の良い心に希望を見いだしてる、ってことにして欲しかったなあ、と思う、まちゃみんとしては。

いやこれは完全にまちゃみんの好みでね。

って、今、屁理屈が思い浮かんだんだけどさ。だけど、だけど、さ、この映画、って、やっぱりちょっとテーマは微妙かもしれないよ。

だってさあ、スパイダーマンってさあ、途中で、国旗をバックに飛んでたりしてたけど、明らかに、アメリカという国のメタファーだよね。いや、まちゃみんは、あの国旗をバックに飛ぶちょっと前に、そうなんじゃないか、と思ったの。スパイダーマンの色で。あの衣装って、赤と青、って、あれ完全に国旗の色だもんね。スーパーマンとかもそうじゃん、って。

ということはだよ、あのスパイダーマンの同級生自体は、自発的なカタチでスパイダーマンを助ける、というカタチにしなかったのは、やっぱり、あえて、なのかもしれないよ。要するに、愚かな人類のカルマを精算できるのは、スパイダーマン、だけです、と。なんか皆の罪を一身に背負って、代わりに愚かな人間を救った、って、どっかで良く聞く説話だよね。

それは、アメリカだけです、っていう。

はあ。

けどね、それをやっちゃうと、あの途中でイイ味出してたフランス人も、下宿のあれ、イタリア人だよね、とかも皆、台無しになる、とまちゃみんは思うんだけど。最後の30分の解釈で全体も解釈しちゃうとあそこで描かれてた人々は、共生、の象徴ではなくて、アメリカ様が救ってあげる一方的な対象の象徴になってしまう、という。

だってさあ、よく考えてごらんよ。あの砂男に、許す、って言ってたけどさ、叔父さんを殺したのが砂男じゃない、とすれば、確かに強盗、という行為そのものは悪い、としても、スパイダーマンが、許す、も何も、上から目線で断じれる問題じゃない、ってことがわかるだろうに。許す、じゃないよな。そもそもお前には関係ないだろ、って。だから、砂男に言うとすれば、それはやっぱり悪いことだよ、と。いくら最愛の娘を救うため、とはいえ、強盗はやっぱりいけないよ、って、そう言うことだろ、って。理屈で言えば、関わりはないんだから、さも当事者であるかのように、許す、って言える話じゃない。

そこにアメリカ、という国の独善性がはっきり表れてるだろ、って。やっぱり、アメリカそのものだよね、見聞きするところの。当事者じゃないのに、大きなお世話で、首をつっこんでくる、っていう。いるよね、そういう腹立たしいお歴々が、身近なところでも。

そして、そういう描き方って、あえて、それで問題提議してるんじゃない。結果、そうなっている。やっぱり、そうなっちゃっている、というか。ようするに、自覚がない。で、そういう、善意みたいなものは、最もたちの悪いことだ、って言ってたのはこういうことだよね。要するに、同じ無邪気で、もっと不愉快なことをする、ということで。

ということで、ここで、文章を書いてる、となんか、微妙なとこが出てきちゃった。最後の30分のひっかかりは、そういうことだったみたい。

前半部分の、恋、というものの、すれ違い、の演出、とか、あと、役者の演技は、だけど、素晴らしい、と、ナマイキながら思いました。もちろん、SFXも。

ということで、映画館出た直後、大絶賛だったものが、最後の30分があったために、今文章を書いてると、余計な詮索をさせて、純粋な面白さも損ねちゃった、というのが、最終的にはまちゃみんの感想かもしれない。

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2007年5月 4日 (金)

まちゃみん ぶらり旅② 1日目23:30 ~ぶち殺したい夜

となりのバカップルぶち殺したいんですけど。オレ自らの手で。いや、今まちゃみんいるところ、特2等という席で、畳1枚分だけカーテンで区切られて、寝るスペースなんですけど。そもそも薄暗いしさあ。だのに、となりのバカップルが、カーテン開け放して、通路一本挟んで話しまくってるんだけど。そんで話してる内容もバカなんですけど。カワイゲのかけらもない。

いや、まちゃみん、こーいう場合、って、本人たちに直接言うんじゃなくて、係員にわからないように言って、係員の人に静かにさせてもらう、っちゅうのが定石だと思ってるけどさあ。こいつらだけは、オレ自らの手でオレの怒りを注入してやらんと気が済まん。

こいつら何考えてるんだろう。こういう風に寝るスペースですよ、ってあえて区切られてるとこで、なぜ、一切、ほんとに周囲を気にするふうでなくやかましくしていられるか。話したければデッキがあるわけじゃん。まちゃみん、ここまで言いかけてるよ、ヤカマシいわ、この、くされ外道がぁぁぁぁ!、って。お前等、この通路でセックスできる厚顔無恥ぶりも持ってんだろうなあ!? それだけの覚悟があってやかましくしてんだろうなあ? えぇ? セックスしてみろ! このくされオメコがぁぁぁぁ!

まちゃみん今夜人生初の犯罪に手を染めてしまうかもしれません。傷害? 暴行? 犯罪者? こんなバカのせいで。どーするまちゃみん?

続きは次号で。

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2007年5月 3日 (木)

いやあ、帰ってきた

結局、単なる2泊3日の八丈島旅行になった。けど、楽しかった。

(まちゃみん後註:2泊3日 プラス 船中泊1泊 です)

結果、って言うところが重要。計画されてたら、行く気にならん人なのよ、まちゃみん、って。何かに強制されてるようでダメなの。やっぱり、気の向くまま、思いつくまま、その場になって自分の体調、感情に聞いて、何するか、決める、っていうノープランの旅がまちゃみんにはあってるみたい。やっぱりまちゃみんは刹那的な人間なんだよ、どーせ。

この旅行の模様は「まちゃみん ぶらり旅」全8回+番外編1回の全9回でお届けしようと思います。ってまだ船上で電波が届くとき、第1回をアップしてるから、第2回以降からだけどね。文章はだいたい書いてあるから、上げるときに若干、校正して上げていきたい、と思う。明日から1日1回アップしていこうと思う。

ところで、最後の最後、船の中で読んだウチダ先生の本「街場の現代思想」の結婚、離婚のところで、ガツンときた。泣きそうになった。まちゃみん、うすうすそうだと思ってたよ、と。まあ、最近、まちゃみんもいつも言ってることだけど。

内容はね、まちゃみんの意訳を言えば、って、結局、まちゃみんの意訳にしかならないけど、要するに、これを考えてるまちゃみん自身が、親がそうすることによって存在してるんであれば、その延々と続いてきたバトンをね、五体満足なまちゃみんが勝手にとぎれさしていいのか、ってことでね。義務だよね、やっぱり。結婚なんて何にも楽しくねえよ、と。だけど、というか、だからこそ、だと思うけど、その結婚というのを受け止めている人間ですか、と。それをきっちり受け止めてるようなちゃんとした人ですか、と。そういうことだよね。

まあ、まちゃみんが意訳しちゃうと原形とどめてないけど、そういうことかと思う。あなたは、そういう覚悟のある人ですか、と。

今年は変わろう、って年初言ってたけどね。もうとっくに3分の1が過ぎたわけだよね。エニシはやっぱり向こうから来るものではある、と思ってはいるけれど。がんばろうよ、まちゃみん。

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