さっき、報道ステーションを見てたんだけど、中田引退へのコメント、どことなく、同世代の選手のコメントがすごく少ないし、あっても、すごーく一線を引いてるような気がするけど、ウガチすぎかな。なんか世間の見方(正確にいえば、新聞なり、テレビのこういう見方をしようぜ、っていうスタンス)と、中田に直接触れた人のギャップが実はちょっと隠せてないような気がしたのだ。まあ、それはどうでもイイ。
まちゃみんが、この場で、苦言を呈して、その後、謝った途端、引退宣言。もうちょっとまちゃみんの謝るタイミングが遅れてたら、まちゃみんが悪口を言って、それで、辞めたみたいで、後味悪かったぜ。いやあ、謝っといてヨカッタ、ヨカッタ。
さて、今回の件で、一番まちゃみんが興味深かったのは、引退そのものより、インターネットで直接言ったことを、マスコミが後追いする、という構造、についてだ。
すごーく、面白かったのは、同じサッカー業界の、川淵さんと、やってることは、同じで、手段が全く別だ、っていう対比だ。
やってることは、同じ、というのは、既成事実の作り方だ。川淵チェアマンの方は、日本代表監督をオシムにすること、で、中田の方は、自分が引退すること、だ。お互いこれを、それぞれ、対照的な手段で既成事実化した。
話は逸れるけど、川淵チェアマン。後でも、言うけど、川淵チェアマンの失言のこと。マスコミも良くもまあしゃあしゃあ、と、「失言」って言えるなあ、と。正確に言えば、「失言」という文脈に付き合ってるなあ、と。あざとすぎるこういう言い方は、やめて欲しいし、そもそも、それに対して、何の批判もなく付き合う、マスコミ、それを受け取る我々、ってのももっとヤダ。ほんとに、失言だったら間違えて言っちゃうなんてことがあって良いわけないし、もっと叩かれないとダメでしょう。まあ、大きなお世話だけどね。少なくとも、あの現場にいた人は、皆、わかってて、あえてなんだと思うんだよね。
それは、イイ。中田も、川淵チェアマンも、とにかく、世間に対して、そういう発表をして、既成事実化した、ってことだ。
で、こっからが対照的で面白いんだけど、その既成事実化の手段だ。川淵さんは、昔ながらのマスコミ、とのさっき言ったまちゃみんとしては、納得できない、高度な談合、を通してで、中田は、インターネット。まちゃみん的にはほんとに面白い対比だ。
業界新聞、というのがある。業界新聞って、そこそこの規模のある業界だったらどこにもあるんじゃないだろうか。いわゆるサラリーマンが属する仕事の世界ではどこでも。メーカー、金融、食品、エトセトラ、きっとどこでもあるよね。航空業界、ってのにも、ある、って聞いたぞ。業界新聞って、結局、良い言葉で言えば業界応援新聞、だし、悪い言葉で言えば、提灯記事新聞、だ。企業側にも情報を業界に出したいニーズがあるし、あるいは、もっと、悪く言われたくない、というニーズがあるし、新聞はもちろん、それをネタに、あるいは、ネタにしない、で、食ってるわけだ。言っとくけど、決して良い悪い、じゃない。そういうもんだ、って、言いたいだけだ。要は、実は、持ちつ持たれつだ、ってことだ。報道する側もされる側も。
そんで、さらに言いたいのは、スポーツ新聞だって、スポーツ業界の業界新聞だし、もっともっと言えば、全国紙だってそうだと思う。全国紙は、日本、という業界の新聞だ。だから、逆に、弱いものばかり叩くような構造になってると思うよ。っていうか、少数派しか、叩けないのだ、構造的に。新聞は自分が食えなくなるようなことはしないのだ。スポンサーに逆らったり、たぶん、日本の代表者である政治家に逆らったりはしないのだ。その政治家や、スポンサーが完全に落ち目、って見えた時以外は。読者から読まれなくなるようなことは書かないのだ。今回の川淵チェアマンのあの「失言」を「失言」と乗ってあげてるのは、そういう類のもんじゃないか、としか思えなかったのだ。ひらたく言えば談合だと思うの。だって、報道する方は、けんかしたら、今度、情報もらえなくなるもの。善し悪しじゃなくて、構造的にそうなるもんだ、って言いたいの。
なんかおもしろおかしくしようと思って、若干、無理してる感がなきにしもあらずだけど、遠からず、とも思う。
とにかく、川淵チェアマンの意向、つまり重要な情報を持ってる、川淵チェアマンに楯突けないわけだ、しょせん、その程度のことで。で、川淵チェアマンが、昔ながらのマスコミを使っての既成事実化、をしたのに対し、中田はネットを使ったのだ。中田自体は、これをどう考えてるか、知らないが、すごく、新しい可能性だとまちゃみんは思ってる。
去年かな、一昨年かな、華氏911を見たとき思ったの。途中の理屈は忘れちゃったけど、そりゃあ、マイケルムーアが憤るくらい、ブッシュは悪いヤツなのかもしれないけど、これからはインターネットがあるから、いつまでも、そういうトップダウンでの支配、っていうのは続かないよ、と思ったの。ほんとに、マイケルムーアが描く無茶苦茶なのがブッシュ大統領だとしたら、それは、過去よりも、今後は、そういうものは、もっとダメだ、ということになるに違いない、と。まともな意見がヨコの繋がりで、力を持つようになってくる、って思ってたの、今後は、絶対に。それは、インターネットだ、って。インターネットって、そういうインパクトがある、って思ってたの。
中田の文章は、これは、悪気のない意見だけど、正直、ふきあがった高校生が酔っぱらって書いたみたいだ、と思った。この程度のことだったら、口で言ったら、マスコミがもっとうまく書いてくれたよ、ってね。けど、直接、中田本人が発表し、それを、マスコミが後追いした、ってことが重要なの。
マスコミが悪い、とは言わない。けども、一方で、インターネットってメディアがあって、そこでは、マスコミが構造的にかかえるものとは全く別の次元で、同じことができる、ってことが今回の件で証明された、と思うのだ。
今回の、川淵チェアマンと、中田の、それぞれの情報の発表の仕方で、旧来のマスコミとの高度な談合による発表と、ネットの直接的なつながり、ってものでの既成事実化、ってところで、その両者の違い、ってのがすごく鮮明に見えた、と思うのだ。
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